雇用問題についての取材は、まだまだ続く。きのうは地上波テレビ局から出演の要請があったが、「私の名前はブラックリストに入ってますよ」と答えたら、さすがにNGになった。しかし地上波局まで正社員の既得権というアジェンダを意識し始めたことは、大きな前進だ。次の本でもテーマの一つにする予定なので、ジャーナリストのために経済学の基本的な考え方を紹介しておこう。
- 短期の問題だけを考えてはいけない:「解雇規制を緩和したらクビを切られる社員がかわいそうだ」という同情論は、桜チャンネルの司会者からリフレ派まで広く分布しているが、これは短期の問題だけを見ている。長期的な自然失業率への影響を考えると、サマーズも指摘するように、「労働者保護」の強化は必ずしも労働者の利益にならない。
- 解雇規制を強めることは失業率を高める:ゲーム理論で考えると、解雇規制を強めることは正社員の雇用コストを高め、自然失業率を高めるのは自明である。国際的にも、解雇規制と失業率に有意な相関があることは定型的事実である。
- 労働者の過剰保護は生産性を低下させる:解雇規制は失業率を高めるが、労働者はfirm-specificな人的資本に投資するので、事後的に解雇(ホールドアップ)されるリスクが大きいと、過少投資が生じて生産性が低下する可能性もある。どちらの効果が大きいかは実証の問題だが、多くの研究では労働者保護規制(EPL)の影響はマイナスである。たとえばOECDのEmployment Outlookでは、次のようにEPLが労働移動をさまたげて生産性に負の影響をもたらすとしている:
- 過剰な失業給付は失業率を高める:欧州のように失業給付が何年もの長期にわたり、就労時の賃金の90%を保障するような制度のもとでは、職探しのインセンティブが低下するので失業率が高くなる。しかし適切な職をさがすセーフティ・ネットとして生産性を高める効果もあるので、失業給付を全面的に廃止することは好ましくない。
- 問題は「階級闘争」ではなく「世代間格差」だ:労組はいまだに問題を「資本家vs労働者」の図式でとらえて「内部留保の分配」を要求しているが、分配がもっとも不公平なのは、これから生まれる子の税・年金負担が現在世代の18倍にものぼる世代間格差だ。本質的な問題は、中高年のノンワーキング・リッチが若い世代の雇用を奪っていることであり、階級闘争などという古い図式は、この巨大な格差を隠蔽するための目くらましだ。
- 派遣労働や請負契約の規制強化は失業率を高める:日本で派遣や請負のような変則的な雇用形態が多いのは、OECDも指摘するように正社員の雇用保護が強すぎるためである。規制をこれ以上強化して派遣や請負を禁止することは、非正規労働者を失業者にするだけだ。
- 労働保蔵を促進する政策は、生産性を引き下げる:解雇する労働者を雇用し続ける企業に政府が補助金を出す「雇用調整助成金」は、小泉政権で廃止の方向が決まったが、最近また増額されている。このような労働保蔵(labor hoarding)を促進する政策は、短期的には好ましいようにみえるが、長期的には労働移動を阻害して生産性を低下させ、労働需要を低下させる。
- 終身雇用は日本の「伝統」ではない:雇用の流動化は「日本の伝統を破壊するものだ」といった議論があるが、これは歴史的にも誤りである。労働人口の80%以上を占める中小企業には終身雇用という慣行はなく、大企業で長期雇用が一般的になったのは1960年代以降である。
- 長期雇用には合理性がある:「解雇規制を撤廃したら、みんないつクビを切られるかわからない」という議論があるが、中核的な労働者については効率賃金としての長期雇用は残る。問題は、合理的な範囲を超えて解雇を規制する規制と司法である。
- 解雇規制より積極的労働政策を:労働市場のミスマッチを解消するために職業紹介業の規制を緩和したり、労働者の職業訓練を強化したりする積極的労働政策は、解雇規制のようなマイナスの効果がなく、コストも小さいので望ましい。
- 労働生産性を高めることが重要だ:新古典派的に考えると、賃金が低いのは労働生産性が低いためなので、長期的な解決策は労働生産性を高めることだ。日本の労働生産性はG7諸国で最低になり、特にサービス業の生産性が顕著に低下しているので、労働移動を促進して生産性を高める必要がある。