致命的な思いあがり (ハイエク全集 第2期)
日銀の黒田総裁がポパー主義者であることはよく知られているが、ポパーの理論は「理論は事実で反証することによって客観的真理に近づく」という素朴な客観主義であり、科学史の世界では骨董品である。

彼の親友ハイエクも、ポパーを批判した。晩年の本書で中心になっているのが、部族感情の問題である。人類が進化の大部分を過ごしてきた小集団では、目的を共有して他人と協力することが重要で、感情はそうした共感のための装置だがスケーラブルではなく、何百万人が暮らす「大きな社会」ではうまく機能しない。

部族感情を大きな社会全体に拡張したものが社会主義だが、その失敗は本書の執筆時点(1980年代後半)ですでに明らかだった。「開かれた社会」を理想化し、それを実現しようとするポパーの「ピースミール社会工学」を、ハイエクは設計主義(constructivism)として批判した。それはエリートだけが客観的真理を知っていると信じる「致命的な思いあがり」であり、社会主義と根は同じだ。

黒田総裁もインフレ期待という客観的真理を日銀が知っているという信念にもとづき、それを実現する社会工学として量的緩和をしたのだが、インフレは起こらなかった。いま起こっている資源インフレは、彼の期待したデマンドプルではないと彼も認めている。この10年の経済政策を混乱させたのは、黒田氏の致命的な思いあがりだった。

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