雇用問題の本質は「市場原理主義」でも「階級闘争」でもない。戦後しばらく日本社会の中核的な中間集団だった企業の求心力が弱まり、社会がモナド的個人に分解されていることだ。それは農村共同体が解体して社会不安が強まった1930年代の状況と似ている。今度は軍国主義が出てくることはないだろうが、こういうとき警戒すべきなのは、かつての青年将校のような短絡的な「正義の味方」である。

このような伝統的コミュニティの崩壊は、近代化の中では避けられない過程で、多くの人々がそれを論じてきた。これをもっとも肯定的に論じたのは、マルクス・エンゲルスだった。
遠い昔からの民族的な産業は破壊されてしまい、またなおも毎日破壊されている。これを押しのけるものはあたらしい産業であり、それを採用するかどうかはすべての文明国民の死活問題となる。[・・・]昔は地方的、民族的に自足し、まとまっていたのに対して、それに代わってあらゆる方面との交易、民族相互のあらゆる面にわたる依存関係があらわれる。(『共産党宣言』岩波文庫版p.44)
これが書かれたのは1848年だが、彼らの予言は早すぎた。「民族的な産業」が破壊されてグローバルな「民族相互の依存関係」に置き換えられる変化は、まだ始まったばかりである。雇用規制の強化は海外生産を促進し、この変化を(よくも悪くも)加速するだろう。マルクスはこの変化を肯定し、資本主義が封建的な土地所有や伝統的な共同体を破壊して全世界をおおいつくした先に、労働者のインターナショナルがそれを奪取する世界革命を展望した。

ハイエクは、世間の「保守派」というイメージとは逆に、イギリスの保守党の崇拝する「伝統」を既得権の別名だとし、そうした部族社会の道徳を批判した。彼が近代社会をGreat Societyと呼んだのは、ローカルな部族社会の道徳とは異なる普遍的な法の支配の成立する「大きな社会」という意味である。

このように事実認識としては、マルクスとハイエクはよく似ている。マルクスは間違っていたようにみえるが、いわゆる社会主義諸国で実現されたのはレーニンの国家社会主義で、マルクス自身が考えていた労働者管理による「アソシエーション」の可能性は残されているという解釈もある。しかし柄谷行人氏のNAMが漫画的な結末に終わったように、そういうユートピア的原理で大きな社会を維持することはできない。

ハイエクが見抜いたように、大きな社会を維持するシステムとして唯一それなりに機能しているのが、価格メカニズムである。それは富を増大させるという点では人類の歴史に類をみない成功を収めたが、所得が増える代わりにストレスも増え、生活は不安定になり、そして人々は絶対的に孤独になった。会社という共同体を奪われた老人はコミュニケーションに飢え、派遣の若者はケータイやネットカフェで飢餓を満たす。

マルクスとハイエクがともに見逃したのは、伝統的な部族社会がコミュニケーションの媒体だったという側面だ。正月に郷里に帰ると、東京では出会ったこともない人々の暖かい思いやりにほっとするが、それをになっているのは70代以上の老人だ。やがて日本からこうした親密な共同体は消え、「強い個人」を建て前にした社会になってゆくだろう。それが不可避で不可逆だというマルクスとハイエクの予言は正しいのだが、人々がそれによって幸福になるかどうかはわからない。