
従来は証券化によってリスクは分散されると考えられていたが、逆にレバレッジを通じて金融機関の密結合(tight coupling)が生じ、複雑性が大きくなっている。普通の株式のリスクは株式市場を見ていればわかるが、オプションのリスクは原資産の価格を見てもわからない。地球の裏側で、何らかの事情で投資銀行が資金繰りに詰まってオプションを清算すると、そのオプション価格が暴落し、それがさらに他の銀行の清算をまねく・・・といった連鎖反応で、大きな損失がグローバルに生じることがある。
こうした問題は、経済学でもO-Ring理論として知られており、システムを疎結合=モジュール化する理論的な根拠になっている。しかしファイナンスの世界では、いかに大きなレバレッジをかけて投資収益率を上げるかが投資ファンドの腕だ。LTCMの致命傷になったのは、1998年はじめに(収益率の分母を小さくするため)資本の4割を投資家に返却した(!)ことだった。
本書の提案するリスク管理は、ゴキブリ式である。ゴキブリのセンサーは空気のわずかなゆらぎを検知する機能しかなく、それに反応して瞬時に逃げるのが彼らの唯一の防御システムだという。これはアバウトで無駄が多いが、結果的にはこれで彼らは数億年、生き延びてきた。高等動物のように特殊な環境に繊細に適応すると、環境が変わったとき全滅してしまうが、ゴキブリの単純な防御機構は環境の変化に強いのだ。
プロのトレーダーでさえ、新古典派の「効率的市場仮説」の想定するようにすべての利用可能な情報を使って合理的に最適化しているわけではないし、それは実際には最適でもない。もし多くの投資家が、サブプライムのような危機に対して、条件反射で国債や石油に殺到すると、市場が崩壊して非合理な価格が形成され、合理的な投資家が犠牲になってしまうからだ。
このように新古典派的なファイナンス理論は脆弱性を抱えているので、投資理論としては使い物にならない。必要なのは、こうした空想的な理論にもとづく過剰な最適化をやめ、金融商品を単純化し、レバレッジを低くして、疎結合にすることだ、と著者いう。これは収益率の低下をまねくかもしれないが、急速なイノベーションの続くファイナンスの世界では、リスクを単純化し、ゴキブリ的な防御機構で対応するのが安全だろう。
追記:訳本で「完全市場仮説」と訳しているのは、原文ではperfect market paradigmである。「効率的市場仮説」とは別の概念なので、訳語は適切ではない。