実践 行動経済学
2017年のスウェーデン銀行賞は、本書の共著者、リチャード・セイラーが受賞した。彼は行動経済学の開拓者で、この本はそれを応用したリバタリアン・パターナリズムを提唱している。これはまじめにいうと「これまで非現実的な『合理的経済人』を想定して行なわれてきた制度設計を現実的な人間の行動にもとづいて考え直す」ということだ。

新古典派経済学では、人々はすべての問題について効用最大化の選択を行なうことになっている。しかし、たとえばあなたが職場に行くとき、何時に起きて朝食で何を食べ、どんな服を着て何時に家を出るか・・・など多くの問題があり、それぞれについて多くの選択岐があるので、すべての選択肢について効用最大化の計算をしていると、組み合わせの爆発が起きて、会社に遅刻してしまう。
だからあなたが取る行動は、いつも同じ時間に起きて同じような朝食をとり、同じような服で同じ時間に家を出るという習慣的な行動だ。実験経済学でも、人々の行動のほとんどは積極的な選択の結果ではなく、習慣によって自動的に決まることが確かめられている。人々がそれを変えて意識的に選択するのは、今までの習慣ではうまく行かない新しい事態が生じたときだけだ。

人々に多くの選択肢を与えて「最適のものを選んでください」ということは、かえって彼らを混乱させる。たとえば401kプランでいろいろなメニューを見せて、「あなたの生涯設計に合わせて決めてください」といわれても、ほとんどの人は自分の生涯設計なんか持っていないので、会社側から示されたプランに「それでいいです」ということが多い。こうした既定値バイアスが大きいことは実験で確かめられているので、逆に会社側が従業員のタイプごとにその既定値を決め、「これでいいですか?」と決めてやればよい。

また「移植先進国」といわれているアメリカでも、臓器移植を待つ患者は9万人を超え、その60%は手術を受けることなく死亡している。この最大の原因は、臓器のドナーになるためには自発的に申し出る必要があり、しかも家族の同意など複雑な手続きが必要なことだ。これを逆にし、何も意思表示しなければ臓器を提供するものとみなすことにし(これは法律で決めなくても、病院の入院時の契約で決めてもよい)、手続きは不要とする。提供がいやな人は申し出るopt outにすれば、ドナーは大幅に増えるだろう。

このように行動経済学を制度設計に応用したナッジ(ひねり)の例が、本書にはいろいろあげられている。これ以外にも彼らのウェブサイトでは、いろいろなアイディアが示され、また読者から募集している。