きのうのつまらない記事が、意外に大きな反響をよんでいるので、ちょっとまじめに国語改革の問題をかんがえたい人は、本書に明治以来の歴史がまとめられている。『想像の共同体』でもかかれているように、国語というのは近代の主権国家とともにうまれ、進化してきた。したがってその改革は、国民国家としての日本のアイデンティティの問題だった。そして国語審議会は、そうしたナショナリズムを否定する人々と伝統を重視する人々のイデオロギー闘争の場となってきた。
明治期に「文明開化」をすすめる際に、日本語のような非効率な言語はすてるべきだという議論があった。特に敗戦後には、いろいろな改革案がだされ、志賀直哉が「フランス語を公用語にすべきだ」といったのは有名だ。読売新聞も「漢字を廃止せよ」という社説をかかげ、最終的には日本語をローマ字にすべきだと主張した。これは植字工の負担をかるくするという意図もあった。
GHQもローマ字化を勧告したが、国語審議会の意見はわかれ、妥協案として表音化した「現代かなづかい」と、漢字を制限して字体を簡略化した「当用漢字」が1946年11月に発表された。「当用」というのは「将来は漢字を廃止するが、当分はこれだけはつかってよい」という意味だった。戦後わずか1年でドタバタときまったため、この改革も中途半端で、当用漢字以外は旧漢字のままになり、助詞の「は」や「を」などは旧仮名がのこった。
公文書の「左横がき」も、1951年に国語審議会できまったものだ。だから今でも、学校の教科書は(国語をのぞいて)横がきである。しかし、もっとも影響力のおおきい新聞が、社説でローマ字を主張しながら縦がきをつづけたため、民間の出版物のほとんどは縦がきのままのこった。
中国は、共産党が政権をとったとき横がきに統一し、文盲率は98%にもたっしたので、漢字を廃止してpinyinに統一しようという意見もあった。中国語の場合には、ピンインで発音は正確に表記できるので、これは合理的な改革案だったが、庶民が「あのよめなかった四角い字をよみたい」とのぞんだため、簡体字として残した。北京語と広東語のような発音のちがう方言も漢字は同じなので、これは中国を漢字で統合する意味もあった。韓国は、一時すべてハングルにしたが、のちに一部、漢字が復活した。
文字がほとんどタイプされるようになった今となっては、日本の国語改革は戦前の文書をよみにくくしただけで、ほとんど無意味だった。むしろ正書法を確立する改革をすべきだった。梅棹忠夫氏は、用言をすべてひらがなにするというルールを提案した。そうすれば、一番ややこしい問題だったおくりがなの問題は解決し、発音と表記がほぼ1対1に対応する。
実は、この記事も「梅棹式」でかいたのだが、そんなに違和感はないだろう。やまとことばに漢字をあてるのは意味がなく、特に用言はよみにくい。日本語が国際化する上でも、国語審議会が正書法をガイドラインとしてきめてもいいのではないか。


