公務員制度改革が、土壇場で官僚の猛烈な巻き返しにあって迷走している。「内閣人事庁」をコアにして、公務員の業務と人事を官邸が集中管理するという法案は、渡辺行革担当相と中川秀直氏などの「反霞ヶ関」勢力と、その他の圧倒的多数の闘いになっているようだ。

その多数派工作の武器になっているのが、「公務員制度の総合的な改革に関する懇談会報告書への素朴な疑問」と題するA4で3ページの怪文書だ。今のところウェブに全文は出ていないが、河野太郎氏のブログによれば、概要は次のようなものだ:
  1. 政官の接触を集中管理すれば、国会議員が情報を得られなくなりかえって官僚主導になる
  2. キャリア制度を廃止して、優秀な公務員が集まるのか。一人の公務員が採用されてから退職するまでにどんなキャリアを歩むかという観点から制度設計を考えるべきではないか
  3. 懇談会が提案する幹部候補生育成システムはキャリア制度の看板の掛け替えではないか
  4. 人事を内閣一元管理にして、実際に仕事をしている省の人間以外がきちんとした評価をできるのか。大臣の任命権を制限することが適当なのか
  5. 内閣人事庁は、労働基本権の付与とセットになる話だ。それがなければ新しく庁を作るほどの業務量はない
ここには、官僚の本音が出ていておもしろい。彼らがもっとも強く抵抗しているのは、明らかに1の政治家への根回し禁止である。なぜ根回しがよくないのか、民間人にはわかりにくいので、マスコミも「イギリスの制度の直輸入で非現実的だ」などと(官僚に教わったとおり)批判しているが、これは的外れだ。実際の政策決定プロセスは、私の体験した例でいうと、
  • ある日、「緊急経済対策で2000億円」という補正予算が各省に「内示」され、通産省(当時)の「取り分」は500億円と決まる。正式発表は1週間後なので、それまでに500億円の使い道を省として決めなければならない。時あたかもITバブルの最盛期だったので、某課長補佐が私のところに来て「ITがらみなら何でもいいから、来週までに500億円の使い道を考えてください」という。
  • 私が半信半疑で、前から考えていた新技術のための「特区」を提案すると、その日のうちに電話が来て「200億出るので、ペーパーを書いてください」という。その新技術の専門家に電話すると、すぐ飛んでくる。彼と一緒に素案を書き、翌日、課長補佐と担当者を加えた打ち合わせをして、徹夜で提案を書き、提出する。
  • 正式発表の前日、課長補佐から電話があり、「最終候補に残ったんですが、**課の##先生がらみの案に負けました」。
わずか1週間で200億円が出ては消えたのだが、これがよくあるパターンの短縮版だ。「実働部隊」は課長補佐で、彼がネタ探しと文書の作成をし、総指揮と省内の分捕り合戦は課長が、政治家への根回しは局長級がやる。最終決定と対外発表は事務次官――要するに、政策立案に政治家はほとんど噛んでいないのだ。ただ分捕り合戦の中で「族議員」に根回しし、政治家の力関係が決め手になることが多い。これが問題の「政官の接触」で、本来の内閣を中心とする指揮系統とは別のルートで政策が実質的に決まる「官僚内閣制」の原因になっている。

これはプログラミングでいうと、SE=政治家の知らないところで、プログラマ=官僚がアドホックにコードを書き、それを「とにかく動くように見える」アルファ版にしてSEに見せる。SEの仕事は、いろんなコードからどれを選ぶかということだけで、全体設計がない。しかも出てくる紙はA4で3枚ぐらいなので、コードの中身はわからない。それより紙を持ってくる官僚との人間関係や「貸し借り」で法案が決まる。そして実際にコード(法律・政省令)を書くのは、プログラマまかせのブラックボックスだ。

この法律が、以前の記事でも書いたように、関連法が複雑に相互依存したスパゲティ構造になっているため、官僚にしか書けない。これが彼らの権力の源泉なのだ。特に法案として実装する段階になると、コーディングは官僚が独占しているので、彼らが勝手に仕様を変更することもできる(政省令でやることが多い)。そのコードも相互依存している上に、内閣法制局が厳格に重複や矛盾をチェックするので、他省庁や法制局との折衝にいちばん時間がかかるが、法制局を通った法案がつぶれることはまずない。

政治家の主な仕事は、完成したコードを事後承認して、国会で野党と話をつけること。9割以上の法案は国対レベルで通るので、この通常法案に入れることが最大のポイントだ。しかし、これにいちゃもんをつけたい官僚が、野党やマスコミにネガティブ情報を流すと、「対決法案」になる。こうなると国会の会期中は、毎日徹夜(といってもほとんどは待機)が続く。

今度の改革案は、こういうスパゲティ構造を改め、クライアント(内閣)が全体設計を決め、SE(閣僚)が仕様を決めてプログラマ(官僚)に発注し、プログラムの構造も、せめてC言語ぐらいの階層型に整理しようということだ。こうすることでコードの見通しがよくなり、リテラシーのない政治家やマスコミにもチェックできる。しかしそうすると、これまで実質的にSEの仕事をやってきたプログラマ(官僚)にとっては、いちばん大事でおもしろい仕様の決定の仕事をSEに取られ、自分たちには「土方仕事」しか残らない。

官僚が今回の改革案に抵抗しているのは、このように透明性の高いコーディングを阻止し、COBOLよりわかりにくい(全体像は誰にもわからない)スパゲティ構造を守って彼らの独占を維持するためなのだ。しかし皮肉なことに、今度の人事庁案は法案としてすでにコーディングされているので、いつものように法案化の段階で換骨奪胎することができない。だから「怪文書」という非常手段に出たわけだ。

このコーディングをやった「裏切り者」が高橋洋一氏である。郵政民営化が与野党の反対を押し切って通ったのも、彼がコーディングをやったからだ。おかげで彼は、本籍の財務省に戻れなくなったが、東洋大学に「脱出」した。彼によれば「法律を書くのはプログラミングとまったく同じで、文法は簡単だから2、3回やれば誰でも書ける」という。

だから人事庁に各省が「面従腹背」で骨抜きにしたら、官邸が民間からプログラマを公募し、直接コーディングをすればいい。ITゼネコンで土方仕事にうんざりしているエンジニアにも、政府という巨大なマシンを動かす、新しいエキサイティングな仕事が開けるかもしれない。