社会主義はとっくに崩壊したと思っていたら、電波行政の世界では、ほとんどの人の知らないところで、社会主義が密かに復活しているようだ。

3月10日に、総務省の「携帯端末向けマルチメディア放送サービス等の在り方に関する懇談会」の第9回会合が非公開で行なわれたが、関係者によれば、VHF帯のアナログ放送を止めた「跡地」には、現在のワンセグの延長上の技術であるISDB-Tmmが採用される方向らしい。しかも、これを提案しているのはテレビ局なので、電波の割り当てを受けるのもテレビ局の子会社になりそうだ。彼らは「VHF帯はもともと放送局のものだ」と主張しており、この懇談会も最初から「携帯端末向けマルチメディア放送」という用途を総務省が決めている。

この案には、根本的な疑問がある。第一に、2011年にVHF帯が空くという想定は、非現実的だ。地上デジタル放送「対応」テレビは、今年2月で3100万台に達しただけ。テレビの生産台数は年間約1000万台で一定しているので、これから売れるテレビがすべて地デジ対応になると仮定しても、2011年7月の段階で6600万台。全国に1億3000万台あると推定されるテレビの半分にすぎない。

この状態でアナログ放送を止めて、残り6000万台以上のテレビを粗大ゴミにする計画を総務省が本当に実施するなら、それを国会に説明して、国民の合意を得るべきだ。特に、低所得者が取り残された状態で電波を止めた場合、放送の「ユニバーサルサービス」をどうやって維持するのか。また、このような大量の廃棄物を政府が作り出す政策が許されるのか、環境省とも協議して説明すべきだ。

この意味で、VHF帯の利用計画はもともと「空中楼閣」なのだが、立ち退きが不可能でも、ガードバンド(局間の電波のすきま)を利用してサービスを行なうことはできる。少なくとも2011年の段階では、こういう形でサービスが開始される可能性が高い。こういう緊急避難計画(contingency plan)が考慮されず、行政の決めたことは100%実現するという前提で計画が進められているのも、相変わらずだ。

第二の疑問は、このように細切れの周波数帯でサービスが開始されるとすると、ISDB-Tmmで想定されているような社会主義的な周波数配分は不可能であり、望ましくもないということだ。2.5GHz帯では各事業者に自由な伝送方式を選ばせた総務省が、VHF帯ではほとんど地デジの周波数割り当てのような案を出してくるのは不可解だ。「放送村」だけは、まだ社会主義の夢から覚めていないのか。

第三の疑問は、ISDB-Tという「日の丸技術」を政府が決めることだ。総務省の資料でみても、ISDB-Tは日本とブラジルにしかない「パラダイス鎖国」技術である。世界的には、DVB-Hが事実上の国際標準で、アメリカではクアルコムのMediaFLOでサービスが始まっている。つまりこれは、かつての携帯電話のPDCの失敗を繰り返す可能性が高い。ただでさえ国際競争力のない日本の通信機器産業は、これで壊滅するだろう。

要するに、VHF帯の利用計画は、電波利権をテレビ局とITゼネコンが山分けする方向で進んでいるのだ。UHF帯についても、「懇談会」という名の官製談合が進められている。アメリカの700MHz帯オークションにはグーグルが参入し、イノベーションが期待されているのに、日本では政府が日の丸技術を決めて既存業者に割り当てるのは、「イノベーションによって成長力を高める」という政府の方針と矛盾するのではないか。

明日のICPFシンポジウムでは、こうした電波社会主義の復活に対して、ユーザーがどう対応すべきかを考えたい。まだ空席があるので、どうぞ。メディアの方は「取材だ」と言っていただければ、入場料は無料です。

追記:この「携帯マルチメディア放送」よりさらに怪しいのは、「コミュニティ放送」や「地方デジタルラジオ」などに大部分が割り当てられる全体計画だ。こうした用途は汎用無線で実現できるので、帯域を細分化せず、汎用のIP無線に割り当てるべきだ。