今年のFortune誌の「もっとも賞賛すべき企業」にアップルが選ばれ、「もっともすぐれた経営者」にスティーブ・ジョブズが選ばれた――と聞いても、誰も驚かないだろう。しかし同誌のインタビューで、それにコメントするのをジョブスは拒否した。なぜかって? インタビューした記者にもわからない。

ジョブズが、個人的にはとてもいやな奴だというのは、シリコンバレーでは誰もが知っている。彼は自分の創業した会社を追い出され、新しくつくった会社NeXTも失敗した。わがままで他人のいうことを聞かず、細かいことまで口を出す、普通なら最悪の経営者だ。そんな男が、なぜ世界一の経営者になったのだろうか?

それにいろんな理由をつけるのは、タレブのいう生存バイアスだ。たとえば1024人がサイコロ賭博をし、勝った者はそれを次回に賭け、負けた者は退出するとしよう。あなたが1万円を元手にして「半」だけに10回続けて賭けたら、10回目には1024万円もうけて1人だけ勝ち残る確率が1/1024ある。そのとき、あなたにFortune誌が「サイコロ賭博で勝つコツは何ですか?」とインタビューしたら、あなたは「いつも半に賭ければいいんだよ」と答えるだろう。

ジョブズの成功も、これに近いまぐれ当たりだ。彼の事業は失敗のほうが多いが、iPodで一発当てれば、それを取り返して余りある。ベンチャーとはそういうものだ。サーゲイ・ブリンが「グーグルはなぜ成功したのか?」と質問されて「運だ」と答えたのは、本当なのだ。

まぐれ当たりを事業として成功させる上で重要なのは、仮説が明確だということだ。いろんなことをごちゃごちゃやらないで、一つの目標にしぼり、意思決定もトップの独断で決め、「みんなの意見」なんか聞かない。そうすると失敗しても、どこが悪かったがすぐわかり、トップをクビにすれば路線転換も簡単だ。IT産業はダーウィン的世界なので、そこで誰が生き残るかは、ほとんど偶然だが、大事なのは戦略と責任を明確にして、成功を次の事業に生かし、失敗したらすぐ退出するシステムである。

日本の会社のように、みんなで決めていると、失敗しても原因がよくわからないし、責任の所在もわからないので、だれも退出しない。しかし、東芝の西田社長のインタビューを読むと、日本の経営者も退出の価値を認識し始めたようにみえる。彼の「リスクのないビジネスは成長のないビジネスだ」というモットーを日本のすべての経営者が学べば、日本も変われるかもしれない。

追記:ファンから「まぐれとは何事か!」という怒りの声があるようだが、ちゃんとほめる書評も書いたので、誤解なきよう。