きのうのインサイダー取引についての短い記事には、予想以上に多くのアクセスが来て、当ブログはgooのアクセスランキングで第1位になってしまった。しかしコメントなどを見ても、「お上が悪いと決めたことは悪い」と繰り返す人が多い。そういう人には前の記事のリンク先を読んでもらうとして、深刻なのはこうした過剰コンプライアンスが、政府が「もはや一流ではない」と宣告した日本経済を三流、四流に転落させることだ。

インサイダー取引を規制すべきではないという議論は、昔からある。50年前にそういう本を書いたHenry Manneが最近、その後の議論を総括しているが、それによれば、彼に寄せられた批判のうち唯一、理論的に意味があるのは、短期で売買するデイトレーダーのような人々は、インサイダー取引で損をする可能性があるということだ。

逆にいうと、長期保有する普通の投資家にとっては、インサイダー取引のメリットのほうが大きい。Manneも引用している有名なハイエクの論文にも書かれているように、株式の値上がりは「その企業によい材料がある」というシグナルになり、その株式の買いを増やして、市場を効率的にするからである。

また起業家への報酬としても、インサイダー取引は有用だ。たとえば有望な製品を開発したベンチャー企業は、他社が追随するには1年以上かかるぐらい完成させてから、IPOして製品を発表すれば、株式の売却益でもうけることができる。公開後でもインサイダー取引を使えば、特許や著作権で情報を守らなくても、株式市場でもうけるビジネスモデルが可能だ。

これに対して、規制の根拠となっている「インサイダー取引によって市場への信頼が失われると、出来高が細って資金調達が困難になる」という議論は、実証的に裏づけられていない。たとえば1980年代にアメリカで摘発された大規模なインサイダー取引事件によって、市場への信頼は失われたというが、株式の出来高はずっと堅調だった。インサイダー規制を実施した国で、それによって出来高が増えたという事実もない(くわしい実証研究のリストはBainbridge参照)。

「岡っ引き根性」の議論を繰り返す人々は、企業家精神というものを理解していないのだろう。資本主義の本質は「額に汗して働く」ことではなく、カーズナーのいうように、「だれも知らない情報を見つけて鞘をとる」ことなのである。この意味で、利潤の出る取引はすべてインサイダー取引だといってもよい。

他方、特許や著作権では、こうしたインサイダー情報が公知の事実になってからも、過剰に保護している。こっちのほうがはるかに有害だ。ハイエクも「知的財産権」には反対していた。政府も大衆も、企業家精神とかベンチャーとかいいながら、こうした資本主義の本質を理解していないことが、日本の衰退の根っこにあるような気がする。