きょう田母神俊雄・元航空幕僚長が国会で参考人質問を受けたが、「私は間違っていない」と豪語し、反省の様子は見せなかった。けさの朝日新聞で、秦郁彦氏と保坂正康氏が彼の論文を史実と照合している(ウェブには出ていない)。おおむね私の前の記事と同じだが、彼らのふれていない点について簡単に検証してみよう。論文はこう書く:
1928 年の張作霖列車爆破事件も関東軍の仕業であると長い間言われてきたが、近年ではソ連情報機関の資料が発掘され、少なくとも日本軍がやったとは断定できなくなった。
これは櫻井よしこ氏などからの孫引きだが、櫻井氏の話もユン・チアンの『マオ』の孫引きだから、「曾孫引き」というべきか。『マオ』が偽書に近いことは矢吹晋氏が指摘しており、その根拠となったGRU資料にも信憑性はない。
日中戦争の開始直前の1937年7月7日の廬溝橋事件についても、これまで日本の中国侵略の証みたいに言われてきた。しかし今では、東京裁判の最中に中国共産党の劉少奇が西側の記者との記者会見で「廬溝橋の仕掛け人は中国共産党で、現地指揮官はこの俺だった」と証言していたことがわかっている「大東亜解放戦争( 岩間弘、岩間書店)」。
この『大東亜解放戦争』なる本はアマゾンでも扱っていない自費出版で、著者はアマチュア。「眞相は日本が勝ったのだ」とうたい上げるもので、常識的には防衛省のプロが相手にする本ではない。盧溝橋事件の真相はいまだに不明だが、少なくとも1937年7月7日に延安にいた劉少奇(共産党の最高幹部)が「現地指揮官」をやるはずがない。
ハリー・ホワイトは日本に対する最後通牒ハル・ノートを書いた張本人であると言われている。彼はルーズベルト大統領の親友であるモーゲンソー財務長官を通じてルーズベルト大統領を動かし、我が国を日米戦争に追い込んでいく。
これはNSAが1990年代になって公開したVENONA文書にもとづく話である。この文書そのものは第一級の史料で、特に「冤罪」といわれたローゼンバーグ夫妻がKGBのエージェントだった事実が明らかにされたことは大きな話題になった。VENONA文書には1941年当時の財務次官Harry Whiteが暗号名で出ており、彼がソ連の協力者だったことはほぼ間違いない。また彼がハル・ノートの草案を起草したことも事実である。しかしそれは、ハル・ノートが「コミンテルンの工作」によって書かれたという根拠にはならない。ホワイトの案は複数の草案の一つであり、最終的に「最後通告」ともいえる内容に決めたのはルーズベルト大統領だ。当時の政権では、ルーズベルトが「最強硬派」だったのである。

このように彼の論文は、基本的な文献考証もしないで「日本の戦争は正しかった」という思い込みに合致する噂だけをつなぎあわせた、幼稚な「謀略史観」だ。しかし自衛官が94人も懸賞に応募し、その大部分が組織の指示だったとすれば、これは彼個人の問題ではない。こういうナンセンスな「史観」がいまだに繰り返される背景には、「従軍慰安婦を軍が強制連行した」とか「軍が沖縄の集団自決を命令した」などというデマゴギーが朝日新聞岩波書店によって流布されている状況がある。これが「公定史観」になって海外にも広まり、それに対する批判は「侵略を擁護する軍国主義」とされ、「アジア諸国の反発」を理由にして封殺されてきた。

まず「軍が100%悪く、国民は被害者だった」という結論が決まっており、それに合わせて都合よく歴史を改竄する朝日新聞の手法は、田母神氏と同じだ。私は日本がアジア諸国を侵略したと思うが、この考え方は歴史や国際法の解釈によって違うだろう。しかし慰安婦や集団自決が軍命によるものだったかどうかは、それとは別の客観的事実の問題である。南京事件をめぐっても「30万人を虐殺した」という極論と「虐殺はなかった」という極論が対立し、それを主張する論者は他の問題についても同様の事実を主張する。このようにイデオロギーと史実を「バンドル」するのはやめ、冷静に事実を検証する時期に来ているのではないか。

その意味で田母神氏が、「懲戒手続きで私のどこ悪かったのか、はっきりさせたほうがよかった」というのは正しい。いつまでもこういう茶番劇を繰り返すのはやめ、政府が調査委員会をつくって日中戦争についての事実関係を徹底的に調査してはどうだろうか。