オバマ政権の誕生で、GMを米政府が救済する可能性が強まってきた。金融機関の救済に賛成した経済学者も、これにはほとんどが反対で、NewsweekではJeffrey Gartenが"Stop The Bail Outs Now"と書いている。しかしこの問題は、政治的には困難だ。GMを救済することは、経営者にとっても労働者にとっても政府にとっても、事後的にはプラスになるパレート改善的な政策だからである。しかしそれを許すと事前のインセンティブが歪んで、いい加減な経営をして苦しくなったら補助金をあてにする時間非整合性が生じる。

これは旧社会主義国で深刻な問題となり、コルナイはsoft budget constraint(SBC)と名づけた。特に中国では、国有企業を(経営者から賄賂を取った)共産党幹部が公金で救済する腐敗が問題となった。サンクコストの大きいときは追い貸しが事後的に合理的になるので、SBCを事前に防ぐcommitment deviceが必要になる。Dewatripont-Maskinは、銀行のような「集権的ファイナンス」においてはrenegotiationが容易なので、予算制約のきびしい株式のような「分権的ファイナンス」のほうが効率性が高いとした。株式市場は、効率の悪い企業から資金を移転して予算制約を「硬化」する役割を果たしているのである。

移行経済学でもSBCの研究は理論・実証の両面で行なわれたが、政府が社会的な外部性を考えるとSBCが起こりやすい(Berglof-Roland)。たとえばGMの株主にとっては自分の資金を回収できるかどうかだけが問題だから危ない株は売るが、政府(究極の集権的ファイナンス)は雇用や地域経済への影響を考えるから救済することが合理的になってしまう。したがって、そういう「諸事情」を考慮しないで当事者の利害だけで処理を決める破産手続きのほうが、コミットメント装置としてはすぐれている。

時間非整合性は普遍的な問題だ。犯罪が起こったあとで犯罪者を罰することは事後的には意味がないが、それを「水に流す」と秩序が維持できないので、刑法でハードな基準を決めて刑罰を科すのが司法の本質的な役割である。「因果応報」を好む感情も、こうした(事後的には不合理な)報復を行なうことで秩序を維持するための遺伝的メカニズムだと推定されている。

この観点から考えると、今回よく批判の対象になるリーマン・ブラザーズの破綻も逆だろう。アメリカの破産法が金融機関を想定していない(銀行の債務は破産法の対象外)ため、裁判所の管理下に置かれるとcounterpartyが消滅してしまい、パニックが起こった。もう商業銀行と投資銀行の区別は実態としてはないのだから、counterpartyを保全しながら債務整理を行なう破産手続きが必要ではないか。アメリカの破産法はよく「甘すぎる」と批判されるが、司法的に債務処理することは政府のbailoutよりずっといい。

日本の90年代にはゾンビ企業のSBCが問題だったが、アメリカの債務者は小口の住宅所有者なので、交渉問題ははるかに膨大になる。こういうときオバマのいうように債務者を救済するのは、問題を複雑にする最悪の政策だ。といっても個別の金融機関の「自主的処理」にゆだねると、日本のような先送りが起こるので、Zingalesのいうようなrenegotiatin designが必要だろう。時価会計もコミットメント装置として重要なので、凍結すべきではない。

GMには金融のような外部性はないので、裁判所で処理すべきだ。ユナイテッド航空も、破産したが飛行機は飛んでいる。Gartenもいうように救うべきなのは企業ではなく労働者だから、GMにつぎ込む金があったら失業給付や労働者再訓練にあてたほうがいい。同じ意味で裁量的な財政・金融政策は、時間非整合的なのでインセンティブを歪める(Kydland-Prescott)。特に税金を「中小企業の資金繰り対策」につぎこむ日本の「緊急経済対策」は、SBCを誘発する有害無益な政策である。