・・・と書くと若手の経済学者のことと思う人がいるかもしれないが、Knut Wicksell(1851-1926)は20世紀前半の金融理論に影響を与えた(が今は忘れられた)スウェーデンの経済学者である。彼を葬ったのはケインズで、『一般理論』ではヴィクセルの自然利子率を混乱した概念とし、完全雇用と両立しない利子率は「自然」ではないと否定した。ハイエクは「ケインズはヴィクセルをちゃんと読んでいない」と批判し、ケインズものちに誤りを認めた。

自然利子率の概念を再評価したのは、フリードマンの有名な論文(1968)だが、このときは彼がヴィクセルをもじって「自然失業率」と名づけた概念が大きな話題を呼んで、自然利子率のほうはあまり話題にならなかった。しかしその後のNew Classicalの研究は、長期均衡状態としての自然利子率が(少なくとも理論的には)存在することを明らかにし、2000年代に入って出てきた新ケインズ派総合はNeo-Wicksellianとも呼ばれる。

Neo-Wicksellianの代表であるWoodfordの本には、ウィクセルの主著(ウェブで全文が読める)と同じ"Interest and Prices"という題名がつけられ、基本的な考え方もヴィクセルに依拠している。それは自然率(長期均衡)を現実の状態と考えず、達成すべき目標と考えることだ。現実の経済は自然率からつねに乖離しているが、それを自然率に近づける手段として金融政策が位置づけられる。逆にいうと、自然率から乖離した状態をマクロ経済政策によって長期的に持続させることはできない。

これはDSGEのコアになっているRamseyモデルが、もともと「最適貯蓄」の理論だったことから考えても当然だ。ほんらい最適成長理論だったRamsey-Cass-Koopmansモデルが、New Classicalで現実を記述する理論にすり替わったのが間違いで、規範的理論と考えるならRBCの空想的世界も意味をもつ。今後の世界経済を考える上でも、今の大混乱の先にどういう均衡状態があるのかを考えないと、長期的な政策は立てられない。

ただしヴィクセルも強調したように、自然率は安定した状態とは限らない。それはイノベーションや供給ショックによってつねに変動するので、こうしたリアルな要因を政府や中央銀行がコントロールすることはできない。その最善の役割は、期待形成の基礎となる物価を安定させて経済のコーディネーションを促進することだ。インフレ目標はこの観点から重要で、これを最初に提唱したのはヴィクセルである。ただしDSGEには(ヴィクセルと違って)資本蓄積が入っていないので、物価だけを目標にすると資産バブルを制御できないという批判がある。

Kehoe-Prescottは、RBCの立場から1930年代と最近(日本の90年代を含む)の長期不況を比較し、それが一時的な景気循環を超える経済危機に発展した原因は、生産性(TFP)の低下によってベースラインとなる「自然成長率」が低下したことだと論じている。したがって長期的に最適な政策はTFPを高めることであり、そのために必要なのは「競争を促進して非効率な企業を淘汰する」ことだ。既存の企業や労組の利益を守るカルテルが、アメリカの大恐慌を長期化させたのである。