Monetary Policy, Inflation, and the Business Cycle: An Introduction to the New Keynesian Framework最近、世界各地で「ケインズ反革命」が起きている。欧州のように激しい危機に巻き込まれた場合には財政政策も応急処置としてやむをえないが、日本のようにアメリカの金融危機の直接の影響が少ない国でも、あの小渕内閣なみのバラマキが行なわれるのは、政治家や官僚が学部レベルのマクロ経済学しか知らないからだろう。

これは日本に限ったことではなく、Mankiwも80年代以降のマクロ経済学は政策当局にほとんど影響を与えていないと嘆いている。その原因は、IS-LMのような静学モデルと違って、DSGEは微分方程式を使う動学モデルになるので、学部レベルでは教えにくいからだ。また純粋のRBCでは貨幣は中立(というか理論に入っていない)なので、金融政策当局にはあまり使い道がない。

前に紹介した加藤涼氏の教科書は読みやすいほうだが、アドホックに話題を羅列した感も否めない。それに対して本書は、この分野のエースがDSGEのコアを非常にすっきりと説明し、金融政策の有効性も明らかにしている(版元のホームページに第1・4・7章のPDFファイルがある)。Mankiwは"A state-of-the-art treatment of the emerging New Keynesian synthesis by one of the leaders in the field"と評価している。

しかし本書の「ケインズ的モデル」とは、ベンチマークとなるDSGEに名目価格の硬直性と独占的競争を加えたもので、代表的家計や合理的期待などの基本的仮定は変わらない。したがって短期では金融政策は有効だが、価格調整が行なわれる長期では自然率が成立し、貨幣は中立になる。これは確かに理論的にはケインズ的状況をうまくDSGEに組み込んでいるが、それが例えば今のような金融危機で役に立つかどうかは疑問だ。

ケインズが繰り返し強調したように、彼の理論の本質が不確実性にあるとすれば、代表的家計が永遠の未来まで予見して計画するモデルが、ケインズの本質をとらえているとは思えない。金融政策で期待形成が重要だという政策的インプリケーションも合理的期待の仮定に含まれているもので、今のようなぐちゃぐちゃの世界で中央銀行が期待をコントロールできるはずもない。

フリードマンやルーカス以来ほぼ40年にわたって、マクロ経済学は均衡理論+期待で動学モデルをつくってきたが、この手法では今回の金融危機は説明できない。取り付けなどのcoordination failureやCDSのcounterparty riskのようなマイクロストラクチャを組み込んだ新しい理論が必要なのではないか。かつて大恐慌がケインズ理論を生んだように、今回の危機が画期的な新理論を生み出せば不幸中の幸いなのだが・・・