レッシグの新著は副題にもあるように、commercial economyとsharing economyの"Hybrid Economy"がテーマだ。特に第2部で両者の関係を論じているが、その内容はほとんどBenklerの焼き直しで、両者の論理的な関係が不明なので、「バランスが大事だ」という無内容な結論になってしまう。

経済学的にいうと、両者の関係は単なるハイブリッドではない。いま話題の派生証券をみればわかるように、理論的には所有権はcontingency contractに解消できる。永遠の未来にわたるすべての資源に競争的な市場が存在すれば、必要なときだけ設備を賃借する契約を結べばいいので、新古典派の一般均衡理論には「資本」の概念はない。

もちろん現実には、事前に将来の資源利用についての詳細な契約を結ぶことは困難なので、将来の不確実性にそなえて契約の当事者の1人に残余コントロール権を独占させることによって事後的な再交渉を封じるのが、所有権の本質的な機能である。いいかえれば、それは双務的な契約を一方的な命令に置き換えることで市場の不完備性を補う制度だ。

しかし所有権によるコントロールは、Hart-Mooreの意味で次善である。すなわち交渉問題によって最適な契約は実現できない。もっとも効率的なのは、資源を共有するコモンズ(common pool resources)だ。特に資産が非競合的な情報の場合には、共有が望ましい。しかし初期のインターネットのように完全にオープンになっていると、共有資源を過剰利用したり破壊したりする行為が避けられない。また資源が共有されることが事前にわかっていると、過少投資(コモンズの悲劇)が生じる。

これを解決する一つの方法として考えられるのは、クラブ財として特定の資源を利用する「会員権」を売り、入会した者は資源を共有できるシステムだ。ISPなどに定額料金を払う現在のインターネットは、コモンズというよりクラブ財に近い。Cloud computingもハードウェアを所有しないでネットワークで必要なときだけ利用し、一括して課金するシステムである。

しかしこのような一括利用は、コンテンツのように個別の生産者に還元することがむずかしい。その解決策として考えられるのは、取引費用(契約費用)を下げてマイクロペイメントによって契約ベースで解決することだ。これはiTunes Storeのようなproperty ruleでもよいし、仲介機関によるliability ruleでもよい。DRMが標準化されれば、ccライセンスのような電子契約によって課金することも可能になろう。

資源を公共財として開放し、広告などで収益を上げる方式は、利用効率はもっとも高いが、過少投資も起こりやすい。高い収益を上げているのは、地上波テレビや検索エンジンのように独占性の高い場合に限られる。オープンソースのように完全な非営利事業として成立するものは、さらに少なく独占性も最も高い。

このように不完備契約のもとでのコントロール権の違いとして商業経済と共有経済をとらえれば、どういう場合にどういうシステムが望ましいかの分類学も可能だろう。昔そういう論文を書いたことがあるが、もう少しきちんと考えてみる必要があるかもしれない。