アメリカの金融危機では、経済学の応用問題が次から次に出てきておもしろい。金融危機対策は、やっと緊急経済安定法として成立したが、本質的にむずかしいのはこれからだ。最大の問題は、不良資産をどう評価するかである。この法律には
Maximize the efficiency of the use of tax payer resources by using market mechanisms, including auctions or reverse auctions, where appropriate.
と書いてあるだけで、この逆オークションを具体的にどう設計するか、何も書かれていない。私も論文を書いたことがあるが、逆オークションというのは要するに政府調達だから、フェルドスタインもいうように、普通は公共事業のように入札対象が同一でなければ成り立たない。ただ、これはテクニカルにはある程度、解決可能だ。たとえば土地なら応札価格を平方ヤードあたりの単価にし、2000年現在の地価で割り引くなどの方法で標準化すればよい。

むずかしいのは、今のような異常な状況でfair valueがつくかどうかという問題だ。これについてバーナンキは、議会で「財務省の計画が実行されれば、オークションなどのメカニズムによって、担保資産にhold-to-maturity priceがつき、fire-sale priceで叩き売られるのをまぬがれる」と証言した。これは慎重な彼にしては軽率な発言で、議会から「銀行の資産を政府が高値で買い取るのか」と批判を浴びた。

残念ながら、この論争は議会のほうが正しい。かりに資産が完全に標準化されたと仮定し、健全な売り手Aと実態は債務超過の売り手Bがいるとしよう。Bが市場価格(fire-sale price)で応札したら落札できるが、これでは赤字だから、すべての資産を清算したら倒産するBは応札しないだろう。そうするとAが損しない取得原価で落札するが、これは(日本政府がやったように)健全な銀行の資産を政府が市場より高い価格で買うだけで、問題の解決にはならない。

この逆オークションの特殊性は、政府が最低価格で買う通常の政府調達とは違い、資産市場を流動して銀行のバランスシートをきれいにするという別の目的で行なわれることだ。普通の政府調達なら、業者が損しようが赤字になろうが、政府が安く買い叩けばいいが、それを徹底したらfire saleになるので、本当に危ない銀行は出てこない。重要なのはAとBを判別することなので、むしろオークションの前に銀行の資産査定を厳格化し、債務超過か資産超過かを明らかにする必要がある。

日本で不良債権処理が進んだのも、「竹中プラン」できびしく資産査定をやったのがきっかけだった。だから四半期ごとの会計報告を待たず、応札する銀行には「臨時会計報告」を義務づけ、債務超過になっている銀行は清算(合併)し、資産超過の銀行には政府が資本注入すべきだ。この意味で、今回の法律で時価会計の適用を一時延期したのは逆効果である。額面で評価されるsoft budget constraintがあるかぎり、本当に資金繰りが詰まるまで銀行は資産を売らない。

日本は、史上最悪の不良債権処理で経済をめちゃめちゃにした「偉大な反面教師」なのだから、こういうときこそアメリカに知恵を貸してはどうだろうか。白川総裁が米議会で証言でもすれば、日本もたまには世界から尊敬されるのではないか。