麻生内閣の布陣でちょっと驚いたのは、中川昭一氏が財務相と金融担当相を兼務したことだ。麻生首相は記者会見で「金融問題が世界で関心を呼ぶ中、1人の方にやっていただいた方が機能的だと判断した」と説明し、「スタッフの統合もあるのか」との質問に、その可能性を否定しなかった。財政と金融の一体化は、彼の持論だそうだ。今年は大蔵省から金融監督庁(当時)が分離されて10年になるが、時計の針を戻して「大蔵省」を復活しようということだろうか。

たしかに「G7財務相・中央銀行総裁会合の参加国で、財務相が金融を所管していないのは日本だけだ。来月のG7会合で金融問題を議論するためにも兼務したほうがいい」という首相の意見は一理ある。大蔵省の解体は、斉藤次郎事務次官が小沢一郎氏についたことに対する自民党の報復という意味合いが強かった。

「9月危機」の結果、ゴールドマンやモルガン・スタンレーも銀行持株会社になり、1933年のグラス・スティーガル法以前の状況に戻ったので、グリーンスパンもいうように、監督当局が財務省とFRBとSECにわかれているのはおかしい。銀行行政と証券行政の統合あるいは監督行政と金融政策の統合は必要だ。しかし「大蔵省」に戻すことは、これとは意味が違う。予算編成と金融行政には「シナジー」はない。欧米のTreasury Departmentは国庫を管理する官庁で、予算はアメリカの場合は議会予算局で編成される。G7諸国にならうのなら、主計局を内閣に分離すべきだ。

かつての大蔵省では、金融・証券局は「4階」グループといわれ、主計・主税局などの「2階」グループから落ちこぼれたキャリアの行くところだった。特に主計局長になりそこねた次長が銀行局長になるという悪習があり、金融危機の「主犯」とされる寺村信行氏も、局長が初めての銀行局勤務だった。こんな状態では、高度に発達した金融技術が理解できないのはもちろん、バランスシートも読めないので、ひたすら護送船団行政を守ることしかできない。

金融行政の分離は、こういう状態を改め、金融の専門家が銀行を監督しようとするものだった。これによって、大蔵省当時にはできなかった長銀や日債銀の破綻処理も可能になった。それを元に戻すことは、日本は(というか麻生首相は)「失われた10年」から何も学んでいないということを世界に示す結果になろう。

白川総裁も示唆するように、金融庁を合併するならむしろ日銀としたほうがいい。今回のアメリカの事件は、現代の経済変動は景気循環というマクロ経済学の教科書にあるような形ではなく、マルクス的な恐慌に近い形で起こることを示した。こういうとき、アメリカの場合にはポールソンもバーナンキも専門家だからいいが、中川氏と白川氏が彼らのように一致して行動できるとは思えない。首尾一貫した危機管理体制が必要だ。