専門的な論文を読むときは、いきなり細かい話を読む前にサーベイ論文を読むといい。経済学の場合は、Journal of Economic LiteratureやJournal of Economic Perspectivesなどにサーベイが出ており、そこで紹介されている代表的な論文から読むのが効率的だ。本書も、サブプライム危機についての素人向けサーベイとしては便利だ。

サブプライムの原因として、FRBの低金利政策とか格付け会社のでたらめな審査などがよく槍玉に上がるが、そういう話は第Ⅰ部にまとめられており、大して新味はない。おもしろいのは、第Ⅱ部のコアになっているRajanの論文だ。そこでは2005年に、サブプライム危機をほとんど予言するような分析が行なわれている。

金融工学の発達によってファイナンス産業は急速な成長を遂げたが、小幡績氏も指摘するように、そこには一つのパラドックスがある。金融技術が発達し、証券がコモディタイズすると、瞬時に理論価格が実現して均衡が成立し、年率数十%のリターンを上げるなどということは不可能になるのだ。

そういう不可能なことを実現する手段は、大きく分けて二つある。一つはVCや「アクティブ・ファンド」のように投資対象の企業の経営に介入したり、private equityのように企業買収を仕掛けて、市場で予測できない高いリターンを上げることだ。しかしこういうチャンスは限られており、企業の内部情報にくわしくないとできない。

もう一つは、tail risk(確率は低いが大きなリスク)に賭けて、高いリターンをとる手法だ。たとえば破産したとき債務を保証する代わりに債権者から高いプレミアムを取るCDS(credit-default swap)は、何もないときはファンドの成績が上がるが、万が一その債務者が破産すると、巨額の損失を出す。多くのファンドマネジャーが、特定の資産に集中してtail riskをとると、バブルが起きて崩壊する――というRajanの論文は、ほとんどBlack Swanを思わせる。

バブルの原因として彼が指摘しているのは、ファンドマネジャーの報酬が非対称だということだ。利益を上げたら何百万ドルという歩合給が入るが、大損してもせいぜいクビになるだけ。「表が出たら私の勝ち、裏が出たら会社の負け」だから、なるべくハイリスク・ハイリターンの博打を打つインセンティブが生じるのだ。

邦銀は、幸か不幸かこうしたグローバルな金融技術競争にほとんど参加できなかったので、痛手はあまりない。しかし投資銀行型ビジネスモデルが崩壊し、世界のファイナンス業界は再編を必死に模索している。1周遅れでトップに立ったようにみえる邦銀は、何もしないうちに地上の人類がこけて「おれたちの勝ちだ」と喜んでいる地底人のようなものだ。