民主主義は最悪の政治形態である――これまで試された他のすべての形態を除いて、というのは有名なチャーチルの警句だが、民主主義にも多くの形態があり、そのすべてが試されたわけではない。選挙制度改革の結果でも明らかなように、投票システムを変えただけで政治は大きく変わる(いいか悪いかは別にして)。
本書は、この投票システムをテーマにして、アロウの不可能性定理に始まる投票のパラドックスを紹介したものだ。巻末に用語解説と索引が(日本の一般書には珍しく)ついているので、いろいろな投票方式のカタログとしても、おもしろく読める。ただ、アロウの結論――理想的な投票制度は存在しない――は、不幸なことにいまだに正しい。そもそもどんな特性が「理想」なのかということについてさえ合意がないからだ。
しかし本書も、投票システムの数学的特性ばかりに関心を集中する「公共選択理論」の視野狭窄をまぬがれていない。現代の政治は代議制であり、アロウの論じたような直接民主主義で政策が決まることはほとんどない。そして投票は、すべての有権者が行なうわけではなく、しばしば半分近い有権者が棄権する。それは1票によって選挙結果が変わる可能性がないからだ。Grossman-Helpmanも指摘するように、これが民主主義が特殊権益政治に堕す最大の原因である。
1人の有権者が政治を左右することは不可能なので、彼らは他人の決定にただ乗りするのが合理的だ。政治に影響を与えることができるのは、多くの票をもつ集団のロビイストであり、彼らのインセンティブは大きい。たとえばウルグァイラウンドによる米の自由化に際して、農業団体が活動したコストは、政治家にばらまいた金を含めても100億円を超えないだろうが、その結果、彼らは6兆円の補助金を得た。建設業のようなロットの大きい産業でロビイングが活発なのは、このような費用対効果が大きいからで、これは民主主義の合理的バイアスである。
残念ながら、このバイアスを是正する決定的な手段もない。ライシュも指摘するように、資本主義が民主主義を「買う」危険性は、それが合理的になればなるほど強まるのだ。それは賄賂のような金銭の授受だけを規制しても防げない。たとえば労働組合が民主党に影響を与えて、票で政策を買うのは合法的なロビー活動であり、規制できない。そもそも政治活動の規制を決めるのは当の政治家であり、ゲーデルも指摘したように、現代の民主主義には論理的な欠陥があるのだ。
追記:オバマ候補が、連邦最高裁の銃保有の権利を認める判決を支持した。この「突然の中道化」の原因は、本書でも紹介されているmedian voterが政策を決めるという法則だ。標的が民主党のメディアンから全国民のメディアンに変わっただけ。
本書は、この投票システムをテーマにして、アロウの不可能性定理に始まる投票のパラドックスを紹介したものだ。巻末に用語解説と索引が(日本の一般書には珍しく)ついているので、いろいろな投票方式のカタログとしても、おもしろく読める。ただ、アロウの結論――理想的な投票制度は存在しない――は、不幸なことにいまだに正しい。そもそもどんな特性が「理想」なのかということについてさえ合意がないからだ。
しかし本書も、投票システムの数学的特性ばかりに関心を集中する「公共選択理論」の視野狭窄をまぬがれていない。現代の政治は代議制であり、アロウの論じたような直接民主主義で政策が決まることはほとんどない。そして投票は、すべての有権者が行なうわけではなく、しばしば半分近い有権者が棄権する。それは1票によって選挙結果が変わる可能性がないからだ。Grossman-Helpmanも指摘するように、これが民主主義が特殊権益政治に堕す最大の原因である。
1人の有権者が政治を左右することは不可能なので、彼らは他人の決定にただ乗りするのが合理的だ。政治に影響を与えることができるのは、多くの票をもつ集団のロビイストであり、彼らのインセンティブは大きい。たとえばウルグァイラウンドによる米の自由化に際して、農業団体が活動したコストは、政治家にばらまいた金を含めても100億円を超えないだろうが、その結果、彼らは6兆円の補助金を得た。建設業のようなロットの大きい産業でロビイングが活発なのは、このような費用対効果が大きいからで、これは民主主義の合理的バイアスである。
残念ながら、このバイアスを是正する決定的な手段もない。ライシュも指摘するように、資本主義が民主主義を「買う」危険性は、それが合理的になればなるほど強まるのだ。それは賄賂のような金銭の授受だけを規制しても防げない。たとえば労働組合が民主党に影響を与えて、票で政策を買うのは合法的なロビー活動であり、規制できない。そもそも政治活動の規制を決めるのは当の政治家であり、ゲーデルも指摘したように、現代の民主主義には論理的な欠陥があるのだ。
追記:オバマ候補が、連邦最高裁の銃保有の権利を認める判決を支持した。この「突然の中道化」の原因は、本書でも紹介されているmedian voterが政策を決めるという法則だ。標的が民主党のメディアンから全国民のメディアンに変わっただけ。