1411e6bd.jpg世の中には、経済学者は数学的な理論から厳密に演繹して経済政策を論じていると思っている人も多く、経済学者にもそう錯覚している人がいる。しかし実際には、「デフレは日銀の金融政策が原因だ」という理論も、その逆に「中国などからの輸入物価の低下が原因だ」という理論も、実証研究も存在する。経済学の理論や統計なんていい加減なので、どんな仮説でも検証できるのだ。

その仮説を決めるのはデータではなく、経済学者の直観である。本書の仮説は、「金融政策の失敗も大きかったが、本質的な問題は実体経済の改革だ」というもので、林文夫氏のグループとメンバーが重なる。実際には、林氏の本に収められた実証研究は、必ずしもHayashi-Prescottを支持しておらず、本書で吉川洋氏もいうように「マクロ経済が新古典派的な均衡状態にあるという[林氏の]RBC理論は全く根拠を持たない空論である」(p.138)とみることも可能だ。

Hayashi-Prescottの問題点は、一部門モデルで、TFPとして技術進歩だけを考えている点にあった。本書は、これを産業間の生産要素の配分という中間的(mesoscopic)なスケールでみようというもので、この試みはおおむね成功しているように思われる。特に90年代以降、アメリカでは情報サービスなどITで労働生産性の上がった部門に労働が移動したのに対して、日本では逆に、建設業など生産性の低い部門に労働が移動し、サービス業の生産性が落ちている。

つまり「問題はITではない」のだ。重要なのは、ITを使って高度な知的作業を行なう人材や、リスクをとる資本が生産性の高い産業に移動できるよう労働市場・資本市場を活性化する規制改革である。この結論は多くの経済学者のコンセンサスに近いが、それを企業レベルのミクロな実証分析で示したことは重要だ。最後に編者がいうように、官僚中心でサービス業を軽視する士農工商の経済秩序を打破しない限り、日本経済に未来は開けそうにない。