経済学の分野で、いわゆる知的財産権を研究している研究者は少ないが、著者はその一人である。本書の原著は4年前に出たもので、この分野のスタンダードといってもよい。中心は特許で、アメリカの混乱した特許制度の改革が重要なテーマだ。この点については米政府も最近、審査の厳格化や先願主義への転換で「パテント・トロール」を駆除するなどの方針を決めた。

本書の重要な指摘は、財産権モデルは創作を促進する唯一の手段ではないということだ。歴史的には、重要な発明に国王が賞金を出すしくみのほうが古く、多くの文明圏で採用されてきた。現代でも、Kremerの提案のようにそういうシステムは可能であり、実験も始まっている。また科学研究への政府助成は、賞金システムの一種だ。

かつて農業社会では、あらゆるものが生物をモデルにして理解されたように、工業社会ではすべてのものを工業製品=私有財産をモデルにして考える。これは認知コストを節約する上では合理的だが、情報という財産モデルに合わないものを工業社会の枠組みに押し込もうとするバイアスが、多くの問題を引き起こしている。

廣松渉のいったように、今後200年ぐらいの世界は言語をモデルにした事的世界観で理解されるようになるとすれば、このゲシュタルト転換には、まだ数十年はかかるだろう。知的財産権をめぐる混乱の根底には、この世界観の違いがあるような気がする。