
この島が一般の人々にも知られるようになったのは、エンロンがここに700ものSPV(特別目的会社)をつくって、損失の「飛ばし」をやった事件だろう。しかし、こういうトリックはありふれたもので、ユーロバンクやBCCIなど、脱税や麻薬やマネー・ロンダリングの事件には、必ずといっていいほどケイマンがからんでいた。ユーロバンクの場合は、ロシア・マフィアが旧国営企業の資産を盗んでケイマンに送金していた。
ケイマンの魅力は、法人税をほとんどかけないタックス・ヘイブンであることと、匿名で預金できる秘密主義である。特にケイマンにSPVをつくることによって節税を行なうのは、シティのような一流銀行も使っている合法的なテクニックだ。このため各国が競って法人税を引き下げる租税競争(tax competition)が始まり、税務当局の頭痛の種になっている。
これに対して、OECDなどがたびたび規制を試みたが、アメリカの反対で実現しなかった。ミルトン・フリードマンを初めとする200人以上の経済学者も、タックス・ヘイブンの規制に反対する公開書簡をブッシュ大統領に出した。その主な理由は
- OECDのねらいは、課税カルテルである。各国が効率的な課税を競う租税競争は、自由経済にとって望ましい。
- 保護主義は国際的な資金移動を阻害し、世界経済を収縮させる。
- オフショアを規制しても、非合法な資金は地下に潜るだけで、かえって捜査は困難になる。
- 法人税は不合理な二重課税であり、そうした税制の歪みが租税逃避を引き起すのだ。
他方、このブッシュ政権の強硬策は、ケイマン諸島の合法的なビジネスに大きな打撃を与え、資金は香港、シンガポール、バミューダなどに流出した。その結果、ケイマンの黄金時代は終わったが、アンダーグラウンドの資金はさらに複雑で見えにくい形で増殖している。このグローバル資本主義と主権国家の闘いは、これからも果てしなく続くだろう。
追記:先月も、リヒテンシュタインが欧州各国の警察の捜査を受けた。主権国家が、国家主権を否定し始めている。