コメントで教えてもらったが、Marginal Revolution(もとはFreakonomics)に意図せざる結果についてのおもしろい記事が出ている。これは当ブログで何度も取り上げた「一段階論理の正義」と同じ話だが、産業政策にあてはめると、こうなる:
なぜこういう法則が成立するのかについて、Alex Tabarrokは「自然なインセンティブに反する規制を行なうと、人々がその規制を私的な利益に利用する」ためだとしているが、実はこれはもっと一般的な、古い問題である。なんとカール・メンガーが1883年にそれを指摘しているのだ。彼はドイツ歴史学派の「社会は個人の集合以上の有機体なので、全体的な目的をもった政府が正しく導く必要がある」という主張に反対して、こうのべる:
(*)この寓話はフィクションであり、実在の会社とも官庁とも関係ありません。PHBは、Pointy-Haired Bossの略(?Scott Adams)。
ある役所が「オメガ計画」という大プロジェクトをつくり、日本の「ICT国際競争力」を上げるため、「日本発の国際標準」をとった企業に技術開発費を政府が全額補助することにした。しかし普通の携帯電話技術は欧米企業が特許をもっているので、日本メーカーX社はそれとは別の「次世代PHB」という規格を開発し、ITUに提案した。実際の開発は孫請けにやらせ、X社は「管理費」として2割とる。ITUは、どうせそんな技術はだれも使わないので、"**** Annex.J"という名称で国際標準として勧告した。X社は、開発した技術を使わないで放置した。それによって開発費の2割をリスクなしで得ることができるからだ。(*)つまり「日本の国際競争力を増進しよう」という意図で行なわれた政策は、X社の「死蔵技術」に税金を投入する結果に終わるのだ。この寓話と似たような失敗を、通産省(経産省)は何千億円もかけて繰り返してきた。総務省の2.5GHz帯についての不可解な美人コンテストも、実質的には日の丸技術への補助金だ。
なぜこういう法則が成立するのかについて、Alex Tabarrokは「自然なインセンティブに反する規制を行なうと、人々がその規制を私的な利益に利用する」ためだとしているが、実はこれはもっと一般的な、古い問題である。なんとカール・メンガーが1883年にそれを指摘しているのだ。彼はドイツ歴史学派の「社会は個人の集合以上の有機体なので、全体的な目的をもった政府が正しく導く必要がある」という主張に反対して、こうのべる:
[歴史学派の]社会現象の「社会的目的」論の特色は、その建設を目指す社会の意図にある。すなわち、こういう社会現象が主権者たちの共同意志の意図されたとおりの結果になる[と想定されている]。これに反し、実際の社会現象は、国民成員の個人的努力、すなわち個人的利益を追求する努力の意図されない合成された結果として現われ、したがって前述の社会現象と反対に、疑いもなく「個人的目的」の意図されない社会的結果であるという点に特徴をもっている。(『経済学の方法に関する研究』岩波文庫p.217、一部改訳)ハイエクは後年、彼がメンガーから学んだもっとも重要なことは、この「意図せざる結果」の概念だったと語っている。社会主義計画当局(あるいは経産省や総務省)の意図したとおりに人々が行動するという保証はどこにもない。歴史はむしろ、その意図と反対の結果が生じることを示しているのである。
(*)この寓話はフィクションであり、実在の会社とも官庁とも関係ありません。PHBは、Pointy-Haired Bossの略(?Scott Adams)。


