著者(野口悠紀雄氏)と最初に仕事でつきあったのは、バブルがピークにさしかかっていた1990年ごろだった。特に印象に残っているのは、1992年にNHKスペシャル「追跡・不良債権12兆円」をつくったことだ。

スタジオには野口氏と全銀協の会長が出演する予定だったのだが、会長行(三菱銀行)の企画室が「タイトルから『不良債権』という文字をはずせ」とか「野口氏は銀行に好意的でない」とか文句をつけたあげく、収録の3日前にドタキャンした。私もいろいろ非常識な出演者につきあったが、山口組でも彼らより紳士的だった。そのときの企画室長が、三木繁光氏(現三菱東京UFJ銀行会長)である。

スタジオで、野口氏が「これからは銀行も倒産する時代だ」と言ったら、収録に立ち会っていたニュースデスクがあわてて「銀行の倒産というのは不穏当なので・・・」とNGを出し、「銀行の経営が行き詰まることもありうる」と変更した(当時はまだ銀行が倒産するなんて想像もつかなかったのだ)。そのデスクが、今B-CAS社の社長をやっている浦崎宏氏だ。

そんなわけで、バブルのピークから崩壊まで、野口氏と一緒に何度か番組をつくったが、当時から彼の主張は一貫している。現在の日本の経済体制は、戦時の国家総動員体制で形成されたまま、基本的には変わっていない。特にGHQが官僚機構を解体しなかったため、霞ヶ関は戦前の体制が今も続いている。この認識は『占領と改革』と同じだが、野口氏はそれがバブルとその崩壊を生み出し、それに対応して産業構造を転換できなかったことが日本経済の長期停滞をもたらしたと考えている。

だから、この問題はインフレ目標などのマクロ政策ではどうにもならないし、まして「日の丸プロジェクト」で総動員体制を再現するなんて時代錯誤もはなはだしい。北畑氏の賞賛する「ステークホルダー(利害関係者)資本主義」に至っては、「株主は本来、会社の所有者であるから、『関係者』などであるはずはない」(p.246)。株主の意味も知らない人物が経産省のトップをつとめているのが、日本の恐るべき現実だ。

北畑氏が外資による企業買収を妨害しようとするのは、財界の要請を受けてのことだが、日本経団連の前身は戦時中に企業を総動員するためにつくられた「統制会」だ。彼らが「株主価値」をきらって「社会的責任」に熱心なのは、その評価が曖昧だからである。彼らが資本主義を恐れるのも、「資本に拘束せらるることなく生産の確保に努める」という統制会の要綱から継承したDNAなのだ。