木村剛氏のブログに「コンプライアンス不況」という話が出ている。特にひどいのは住宅で、建築基準法が改正されてから、9月の住宅着工は前年比44%減となり、1965年に住宅着工統計ができて以来の最低を記録した。この原因は、いうまでもなく姉歯事件でメディアにたたかれた国交省が、建築確認の審査を異常に厳格化したためである。しかも古い建物の増改築にも新しい耐震基準が適用されることになったため、改築ができなくなり、かえって住宅の老朽化が進むおそれが強い。だいたい首都圏のマンションの30%が1982年の耐震基準以前の建築物であり、「姉歯マンション」を取り壊すなら、こうしたマンションも取り壊さなければならない。新築や増改築だけを規制しても、町は安全にならないのである。

それにしても、この騒ぎの発端となった姉歯事件とは何だったのか。「共犯者」として逮捕され、会社も倒産したイーホームズの元社長の『月に響く笛:耐震偽装』を読むと、この事件を「構造的問題」として国会に証人喚問までした構図が、まったく架空だったことがわかる。警察の逮捕容疑も、耐震偽装とは無関係な粉飾決算であり、結局、姉歯元建築士以外に刑事訴追された人は誰もいない。要するに、これは(技術の足りない)一建築士の個人的な犯罪だったのである。

姉歯事件のようなモラル・ハザードを防ぐ方法として、今回のように書類審査を強化するのは意味がない。施工主に本当のことをいわせるメカニズムが欠けているからだ。大事なのは書類を整えることではなく、彼らに基準どおり建てさせることだ。たとえば完成検査を厳格に行なって、耐震強度などの基準を満たしていなければ、その施工主と建築士の免許を取り消せばよい。廃業になるリスクをおかして手抜き工事を行なう業者はいないだろう。ルールさえ十分詳細に決めれば、書類審査は廃止してもかまわない。

セキュリティの分野でも、同じような過剰コンプライアンスが起こっている。個人情報保護法などによって情報管理が異常にきびしくなったため、会社の中でハードディスクもUSBメモリも使えないとか、青森県職員が4人の個人情報を「漏洩」しただけで新聞記事になるなど、過剰反応が広がっている。個人情報の賠償額も高騰し、昨年の判決では1人6000円。もしヤフー!BBが450万人の被害者全員にこの額を払わなければならないとすれば、賠償額は270億円にのぼる。

PTAの「緊急連絡名簿」に住所も電話番号もなく役に立たない、などというのは笑い話ですむが、先日起きた佐賀の殺人事件では、病院が「個人情報保護」のため、病室に名札をつけなかったことが誤認殺人につながったとみられている。「個人情報保護が殺人をまねいた」などと報じている毎日新聞こそ、プライバシー過剰保護をあおった主犯だ。

こうした過剰コンプライアンスが、ただでさえリスクのきらいな日本の経営者を萎縮させて「確実性への逃避」を引き起こし、経済を停滞させている。来週、情報セキュリティ大学院大学で行なわれるシンポジウムでも、こういう問題が議論され、私も発表する。そのドラフトに、いかにこうした情報ガバナンスの欠陥を是正するかを書いた。コメントは歓迎します。

追記:貸金業法改悪の影響も出てきた。NTTデータ経営研究所の調査によれば、上限金利の引き下げや総量規制の影響で、ローン利用者の4割が必要な資金を借りられなくなり、60万人が自己破産する可能性があるという。