先日の記事で、地球シミュレータの次のスーパーコンピュータについて疑問を呈したところ、100以上のコメントがつき、関係者からも情報が寄せられた。こうした情報から考えると、この「京速計算機」というのは、悪評高い「日の丸検索エンジン」を上回る、まさに戦艦大和級のプロジェクトのようだ。

そもそも、このプロジェクトの発端は、地球シミュレータの年間維持費が50億円と、あまりにも効率が悪く、研究所側が「50億円もあったら、スカラー型の新しいスパコンができる」という検討を始めたため、ITゼネコンがあわてて次世代機の提案を持ち込んだことらしい。事実、最近のスパコンと地球シミュレータの性能価格比は、次のように桁違いだ:

名称完成年 最高計算速度(TFlops) 建設費($) TFlops単価($) 
TACC Ranger2007504300万6万
IBM Blue Gene/L20043601億28万
Earth Simulator2002365.5億 1500万

もちろんCPUの性能は、ムーアの法則で3年に4倍になるので、完成年の差は勘案しなければならないが、地球シミュレータのコストを1/5に割り引いても、TFlops単価は300万ドルと、アメリカの最新機の50倍以上である。総工費1150億円で建設される予定の京速計算機は、10PFlopsをめざしているというが、かりにそれが2010年に実現したとしても、逆にムーアの法則で割り引くと420万ドル/TF、最新機の70倍以上だ。おまけに開発期間が長すぎるので、2010年に計画どおり完成したとしても、性能は他のスパコンに負けている可能性が高い。もっとも「ベンチマークテストで世界一を取り返す」などというのは、プロジェクトの目的としてナンセンスだが。

このようにコスト・パフォーマンスが大きく違う最大の原因は、アメリカのスパコンがAMDのOpteronやIBMのPowerPCなど、普通のPCに使われるスカラー型CPUを多数つないで並列計算機を実現しているのに対して、日本が特別製のベクトル型プロセッサを新規開発するからだ。ベクトル型のスパコンを生産している国は、日本以外にほとんどない。スパコンGRAPEを開発した牧野淳一郎氏も指摘するように、ベクトル型の寿命は20年前に終わっているのだ。

しかもこの1150億円というのは、現段階の建設費だけの見積もりにすぎない。能沢徹氏によれば、建屋は3階建で総床面積は地球シミュレータの3.5倍程度、2000台近くのラックの消費電力は40MWで、年間維持管理費は80億円強。建設予定地には関電の専用発電所の建設まで決まったというから、総経費はさらに莫大になる。文科省の専門評価調査会のフォローアップでも、次のような疑問が指摘されている(強調は引用者):
  • 本プロジェクトで提案されているグランドチャレンジとして示されたアプリケーションは、絞込みが必ずしも十分でなく、そこで期待される成果目標や、実現のために計算機システムに要求される機能、性能等、明瞭でない部分がある
  • 本計算機の目標性能も0.5ペタFLOPS(フロップス)と低いことから、国家プロジェクトとしてベクトル計算機の開発に本格的に着手する必要性が必ずしも明確となっていない
  • 計算科学技術におけるテーマの規模やサイズはさまざまであり、すべてが京速計算機を必要とするわけではないことから、大規模、中規模計算機を重層的に各地に展開すべきと考えられる。
所管官庁の評価委員会が、進行中のプロジェクトについてこのように否定的な評価を行なうのは異例だが、これ以外にもっと深刻な問題点がある。それは、このように巨額のプロジェクトが随意契約でITゼネコン3社の共同受注となり、上に指摘されるように「何を計算するのか」という目的がないまま、1150億円というハコモノの予算だけが決まったことだ(*)。建設地をめぐっては、各地の自治体が誘致合戦を行なったが、最終的には神戸のポートアイランドに決まった。ここは交通の要衝であり、スパコンのような交通の便の必要ない施設が立地するのはおかしいという声が地元でもあったが、埋め立て地があいて困っている地元の政治家とゼネコンの運動で決まったという。

要するに、これはスパコンの名を借りた公共事業であり、世界市場で敗退したITゼネコンが税金を食い物にして生き延びるためのプロジェクトなのだ。米政府がスパコンを国家プロジェクトでつくるのは、軍事用だから当然である(Blue Gene/Lの目的は核実験のシミュレーション)。調査会も指摘するように、京速計算機で目的としてあげられているような一般的な科学技術計算に国費を投じる意味はない。むしろ東工大のTSUBAME(わずか20億円で、性能は地球シミュレータを上回った)のように、各研究機関がその目的にあわせて中規模の並列計算機を借りればよいのである。

最大の問題は、税金の無駄づかいよりも、ただでさえ経営の悪化している日本のITゼネコンが、こういう時代錯誤の大艦巨砲プロジェクトに莫大な人的・物的資源を投じることによって、世界の市場から決定的に取り残されることだ。1980年代のPC革命の中で、通産省が「第5世代コンピュータ」などの大規模プロジェクトに巨費を投じた結果、日本のIT産業を壊滅させた失敗を、今度は文科省が繰り返そうというのだろうか。

(*)しかも発注する理研のプロジェクトリーダーは、受注したNECから「天上がり」した人物だ。これは明白な利益相反であり、通常の政府調達では認められない。

追記:牧野氏が、京速計算機についてきびしい評価をしている。「 2010年度末には大体のシステムを完成させる、ということになっています。プロセッサから新しく作るのであるとまあ 5年はかかりますから、これは、既に時間が足りない、ということを意味しています」。つまり「新たにCPUから作る」という計画が、ムーアの法則を無視した愚かな発想なのだ。私は来月、アスキー新書で『過剰と破壊の経済学:「ムーアの法則」で何が変わるのか?』という本を出す予定である(ドサクサにまぎれて宣伝)。