
経済学界でも彼は「洋ちゃん」として有名で、NIFTYでもQuarkというハンドルネームで、経済フォーラムなどで財投批判に反論したり、ケインズ政策を否定したりしていた。私とは意見がほとんど一致して、「リチャード・クーは経済学の学位もとれなかった落第生だ」などと言っていた。当時は「構造改革」派だったが、最近は恩師バーナンキやクルーグマンの影響で「インフレ目標」派になった。
そのころは知る人ぞ知る存在だったのだが、著者が一躍、有名人になったのは、竹中平蔵経済財政担当相の補佐官になってからだ。特に郵政民営化のシナリオは、実質的に著者が書いたといわれ、本書でもそれを認めている。ただ本書の内容は、意外に(?)オーソドックスで、竹中改革の中身をインサイダーが「本当の数字」を使って明らかにした点で貴重だ。
特に重要なのは、「郵貯の矛盾は90年代の財投改革で解決したので、郵政民営化なんてナンセンスだ」という通説に反論している点だ。著者によれば、逆に財投改革によって郵政民営化は不可避になったのだという。融資部門をもたない郵貯が銀行と競争できたのは、資金運用部から0.2%の金利上積みという「ミルク」を補給してもらっていたからだ。これによって財投の資金コストは上がるので、その融資先の特殊法人などは赤字になり、それを一般会計から補填していた。つまり郵貯がリスクなしで稼ぐ0.2%の利鞘を、まわりまわって納税者が負担していたのだ。
しかし、この「ミルク」は財投改革で補給されなくなったので、低金利の国債を買うだけの郵貯が赤字になることは避けられない。融資のノウハウをもっていないから、リスクをとって高い金利をとることができないのだ。市場で「自主運用」した年金資金運用基金(旧年金福祉事業団)は、6兆円以上の赤字を出して債務超過になった。郵貯も、民営化して運用の自由度を高めなければ、長期的には破綻するおそれが強かった。
おもしろいのは、道路公団の民営化の話だ。当時は、道路公団の「内部告発」で、公団は債務超過だという情報が流れたが、著者はこれをキャッシュフロー・ベースで計算しなおし、約1.9兆円の資産超過だという。その原因は、世界一高い高速料金だ。つまりここでも、国民に負担を転嫁することによって道路公団は利益を蓄積し、ファミリー企業にばらまいていたわけだ。
もう一つ驚くのは、塩川元財務相が「離れですき焼き」と評した特別会計の実態だ。財政融資資金特別会計23兆円をはじめ、総額で50兆円もの隠し資産があるという。ここにも、わかりにくい特別会計という形で資産を蓄積しておきながら、一般会計の赤字だけを見せて国民に負担増を求めるトリックがみられる。消費税の引き上げを議論する前に、この不透明な特別会計の実態を徹底的に解明すべきだ。
追記:週刊東洋経済の「ベスト経済書」のアンケートで、私は本書を第1位に推したが、驚いたことに全体の第1位になった。霞ヶ関の内部構造を知る上で、必読書である。