以前の記事でも少し紹介したGregory Clarkの"A Farewell to Alms"を読んでみた。第1章は「16ページでわかる世界経済史」と題されていて、このPDFファイルだけ読んでも概要がわかる。中でもポイントになるのは、下に掲げた「1枚の図でわかる世界経済史」と題した図である。これは紀元前1000年から2000年までのひとりあたり所得を図示したものだが、1800年ごろの産業革命期を境に急速に所得が上がっている。これをどう説明するかが、西欧文化圏が世界を制した原因を考える上で最大の問題である。
これまでの通説とされているのは、オランダやイギリスで財産権(特に特許などの知的財産権)が確立されて市場経済が成立し、技術革新が進んだとするNorth-Thomasの説だが、著者はこれを批判する。財産権は、世界の他の地域でもっと早くからみられる。知識を財産とみなす制度が確立したのは、産業革命よりずっと後であり、それが技術革新のインセンティブを高めたという証拠もない。むしろMokyrのように、科学者と技術者のコラボレーションによって自然科学が工業に応用されるようになったことを重視する見解もある。最大の謎は、なぜ産業革命が欧州の端の小国イギリスに起こって、他のもっと豊かな大国で起こらなかったのかということだ。

著者は、通説のいうような特徴はイギリスに限らなかったと指摘する。特に歴史上もっとも長期にわたって世界の最先進国だった中国には、制度も財産権も技術もあったし、教育水準も高かった。商人や米市場などは、日本のほうが早くから発達していた。ただアジアでは、労働生産性の高い階層の出生率が低かったために、「社会的ダーウィニズム」が働かなかった。それに対して、イギリスでは生産性の高い階層の所得が上がり、彼らが多くの子孫を残したため、人口も急増して市場も大きくなり、産業が発達した、というのが本書の結論である。しかし、なぜアジアで富裕層の出生率が低かったのか、という点は説明されていない。

18世紀の所得や出生率などの具体的な経済指標を推定し、産業革命を数量経済史によって再現する本書の議論は、データとしてはおもしろいが、経済学者の論評は批判的なものが多い。特にブルジョア階級の出生率という特殊な(しかも推定による)要因だけでイギリスの優位性を説明する著者の仮説は、この複雑な問題に単純な答を出しすぎている、というGlaeserの批判は当たっていると思う。実際は、上にあげたような原因が複合して起こったのであり、マルサス的な要因はその一つだろう。残念ながら、やはり世界の経済史は1枚の図では語れないのだ。