昨日の記事には、予想どおり「財界の犬」とか「違法行為を擁護するのか」などの批判があった。そこでバランスをとって、というわけでもないが、朝日新聞の取材班の書いた本から、御手洗氏の発言を引用してみよう(pp.97~8)。
「キヤノンは、終身雇用という人事制度をとっている。それは終身雇用という制度が日本の文化や伝統に根ざしたものであり、日本人の特性を引き出すのにもっとも適したシステムだからである。」

「アメリカには[・・・]何千、何万という職能分析と給料が地域別に出ており、自分がどこに行けばいくらで雇われるかがわかるから、安心して職を変えられる。日本では、そういう仕組みができていないのに、終身雇用をなくせなどと、学者などが軽々しくいうのは無責任だと思います。」

「セル方式[キヤノン独自の生産方式]で、延べにして2万2000人を減らした計算となるが、増産もあったので、半分ぐらいが残り、実際に減らしたのは約1万人。[・・・]別にクビを切ったわけではありません。外部から来ていた人が引き上げて行っただけです。」(強調は引用者)
トヨタやキヤノンは「終身雇用」や「日本的経営」を売り物にしているが、それは派遣労働者や請負労働者を「外部から来た人」として計算に入れてないことによる偽装終身雇用にすぎない。一時は世界から賞賛された日本的経営とは、このような二重構造の中で、派遣労働者や下請けを人間扱いしないで維持されてきたのだ。

このように終身雇用なんて実際には存在しないのだから、それが「日本の文化や伝統に根ざしたもの」だという御手洗氏の話も嘘である。「文化と伝統」を持ち出すのは、現状維持したい人々のありふれたレトリックだが、戦前の日本には終身雇用なんかなく、職人が腕一本で多くの会社を渡り歩くのが当たり前だった。現在のような雇用慣行ができたのは、1960年代以降である。

だから問題は、このような偽装終身雇用を守ることでもなければ、朝日新聞の取材班が主張するように「請負労働者を正社員化」することでもない。アメリカ経験の長い御手洗氏も理解しているように、「何千、何万という職能分析と給料が地域別に出ており、自分がどこに行けばいくらで雇われるかがわかるから、安心して職を変えられる」仕組みをつくるとともに、社員の雇用形態を契約ベースにして多様化し、労働の流動性を高めることだ。

本書の最後に合成の誤謬というケインズの言葉が出てくるが、取材班はその意味を取り違えている。個々の労働者にとっては、請負より正社員のほうがいいに決まっているが、失業より請負のほうがましだ。ところが朝日が激しくキャンペーンを張ると、企業は「コンプライアンス」対策として請負契約を切り、請負労働者は職を失う。これは、各個人にとって望ましい貯蓄が、経済全体では有効需要を低下させて不況をもたらす、というケインズの指摘した合成の誤謬とそっくり同じ構造である。

問題は請負契約をなくすことではなく、こうした二重構造を作り出している労働法制を改めることだ。具体的には、労働基準法で「企業は労働者を解雇できる」という解雇の自由を明確に規定し、例外として解雇できない条件を具体的に列挙すること、労働者派遣法を改正して派遣労働者を正社員に登用する義務を削除すること、職業安定法を改正して請負契約を「労働者供給事業」の一形態として認知すること、職業紹介業を完全自由化することなどが考えられよう。

追記:コメントで教えてもらったが、ベッカーも解雇を禁止する「テニュア」は必要ないと論じている。本当に必要な労働者は、アメリカの企業でも囲い込んで雇用を保障するのだから、法律で保障する必要はない。