NHKの「次期経営5ヵ年計画」が、経営委員会に却下されるという異例の事件が起こった。社長の決めた経営計画を取締役会が否決するという、民間企業ではありえない事態だ。朝日新聞によれば、古森経営委員長は「抜本的な構造改革の策がなく、示された数値を肉付けする戦略や戦術が足りない」と述べ、経営計画は1年先延ばしし、執行部側に計画の再提案を求めるという。

問題の経営計画はNHKのウェブサイトに出ているが、要するに「現状を維持したい」と書かれているだけ。話題を呼んだ奇怪なミニ番組(巨大化した橋本会長がNHKの社屋をお台場や六本木などあちこちに置こうとしたあげく、元の場所に戻す)は、その言い訳だったのだろうか。これでは経営委の批判を浴びるのは当然だ。海老沢会長が辞任してから1年半、NHKの経営陣は何を議論してきたのか。

不可解なのは、執行部が経営計画を出す前に、経営委員と何も協議をしていなかったのかということだ。日本の企業では、取締役会の前に根回しして、会議ではほとんど議論なしに承認されるのが普通で、取締役会で執行部案がひっくり返るのは、「クーデター」といわれるような異常事態のときだけだ。執行部が、今までのなれあい経営委と同じだろう、と高をくくっていたとしか考えられない。会長は記者会見もキャンセルして、短いコメントを出しただけで、説明責任も果たしていない。

元同僚からも意見を聞いたが、出てくるのは「理事会は脳死状態」「何も決まらない」「会長のいうことを誰も聞かない」といった話ばかり。少なくとも橋本会長がいる限り、事態は打開できないという点で、彼らの意見は一致していた。インターネットについても、それを担当する部署さえないという現状で、改革を試みたが、あきらめて辞めた友人もいる。

橋本会長は、海老沢氏とともに大半の理事が辞めたとき、唯一「海老沢色」が薄かったための緊急避難であり、経営が正常化したら交代するというのが、局内の暗黙の理解だったが、どういうわけかその後も居座っている。技術出身の会長というのは初めてで、「本流」の放送総局に足場がないため、実権がない。永井副会長も、1年に200回以上も全国各地で視聴者との「ふれあいミーティング」をこなし、経営ができる状態ではない。

実質的に経営を取り仕切っているのは、原田専務理事以下の経営陣だ。そのうち半分ぐらいは私も知っているが、彼らは「番組のプロ」ではあっても、おそらく財務諸表も読めないだろう。インターネットについての知識も、素人同然だ。5年ぐらい前までは、私も総合企画室に呼ばれてインターネットの話をしたことがあるが、みんな茫然とするばかり。50年以上変わらない業界の感覚が、ムーアの法則についていけないのだ。

その後は、私は「地デジ反対派」ということで出入り禁止になるばかりか、私の主宰する研究会にはNHK職員は参加禁止というお触れまで出ているらしく、何度かドタキャンされた。耳の痛い話を聞きたくない気持ちはわかるが、イエスマンばかり集めて形ばかりの「懇談会」をつくっても、実のある議論は出てこない。BBCの会長がNHKに来て、理事会で「もはやBBCは放送局ではない」と演説したときも、理事はみんなポカーンとしていたそうだ。

再生の希望はある。現場にはインターネットをよく知っている若者がたくさんいて、ゲリラ的にいろいろ新しいことを試みている。しかし根本的な「波の整理」と、BBCのようにインターネットを業務の中心にすえたメディア戦略を立てないと、そのエネルギーは生きない。かつての島会長時代の壮大な経営戦略を見直してみたらどうだろうか。

改革の第一歩は、橋本会長が辞任し、プロの経営者を外部からまねいて、客観的な目で経営も番組編成も見直すことだ。池田芳蔵会長の失敗で「外部の経営者には番組はわからない」という夜郎自大がはびこっているが、もうそういう時代ではない。逆に、ビジネスを知らない経営者にはNHKの経営はできない。番組の内容については、今の理事がプロとしてサポートしていけばよいのではないか。