最近の世界の金融市場をめぐる混乱は、それほど大規模にはならないで収まりそうだ。その基本的な原因は、先日の記事でも書いたように、現代の国際金融市場ではファイナンスの世界がリアルな世界からアンバンドルされているからだろう。

このようにアジアの製造業から流入する資本をアメリカが世界中に再投資するグローバルなケインズ主義が世界的な好況の続く原因だ、と本書はいう。アメリカが「世界一の借金王」であるとともに世界中に資金をばらまく地球帝国の中心となるこの資金循環は、ドルへの信認が崩壊しない限り持続可能だろう。

著者は、水野和夫氏と同様に、この原因を1990年代以降、世界の金融市場の規制が撤廃され、情報革命によって市場が一体化し、管理通貨制度が事実上機能しなくなったことに求める。そこにあるのは、各国が管理する国際通貨制度ではなく、グローバルに動き回るドルという世界通貨だけだ。通貨発行権は国家主権の最たるものだが、その意味では今日の先進国は、経済的には主権をなかば失った領邦の連合にすぎない。田中明彦氏のいう「新しい中世」である。

こうした帝国循環を、著者はホブソンやレーニンの帝国主義論で説明しようとするが、これには無理がある。彼らの見ていた20世紀初頭の帝国主義は、産業資本主義によって蓄積された資本が工業や農業として植民地に投資されるもので、そのためには領土の再分割が必要だったが、現代の帝国循環はアウトソーシングなどの形で行なわれるので、領土を奪う必要はない。この意味で、ネグリ=ハートのいうように、これは帝国主義ではなく帝国なのである。

この新しい帝国循環の特徴は、資本が工場のような直接投資に限らず、投資ファンドによる企業買収のような形で、収益最大化を求めて世界中を駆け巡ることだ。特に日本の資本効率の低い企業がねらわれるのは当然だ。資本自由化については経済学者にも論争があるが、日本のように資本市場が整備された国では、企業買収への規制などは撤廃し、全面的に自由化すべきだというのが、IMFの結論である。

かつての(日本企業もやっている)海外生産は、労働集約的な製品を低賃金の国でつくって輸入するものだったが、現代の情報産業では、要素技術がモジュール化して世界市場が成立し、メモリやHDDなどの部品ごとに最適の国から調達するグローバルな水平分業が成立している。かつてアダム・スミスが工場の中で行なわれるピンの生産を例に見せた分業が、グローバルに拡大したのである。

これは同時に、スミスの時代にイギリスの産業資本主義が農村の「失業予備軍」を搾取して利潤を上げ続けてきた構造が、グローバルに拡大することも意味する。著者もいうように、この点はマルクスの指摘した構造とよく似ているのだが、今回は中国とインドだけでも10億人以上の相対的過剰人口がいるから、このグローバルな搾取の構造は、少なくとも10年は続くだろう。

しかしリスク要因はある。最大の問題は、明らかに過熱している中国の経済だ。これがソフト・ランディングすればよいが、カントリー・リスクも高いので、何が起こるかはわからない。またインドやロシアなどでは、帝国循環の恩恵を受ける一部の富裕層と逆に貧困化する階層との国内対立が深まっている。こうした問題がどういう形で爆発するかは、リスクというより(Black Swan的な)不確実性の問題だろう。