先週、ある企業の幹部から「こういう会議に当社もおつきあいすることになったんですけど・・・」といって「ICT国際競争力会議」と題した冊子を見せられた。そこに並んでいるメンバーは、松下電器、KDDI、シャープ、富士通、ソフトバンク、ソニー、東芝、NHK、テレビ朝日、日立製作所、NEC、NTTなどの社長や会長で、議長は総務相だ。「こんな財界のコンセンサスで何かできると、役所はまだ思ってるんですかねぇ」と彼は溜息をついた。

こういうターゲティング政策は、特定の産業の業績が悪くなるとよく出てくるものだ。1990年代前半、米クリントン政権でも、商務省が半導体や自動車などの「国際競争力強化」のための産業政策を打ち出した。これに対して、ポール・クルーグマンは「競争力という危険な妄想」(Foreign Affairs, 1994)という有名な論文を書いて、こうした政策を批判した。そもそも国家に「競争力」などというものはない。競争しているのは個々の企業であって、政府が介入するのは有害無益である。特に彼のあげた問題点は、次の3つだ:
  1. 補助金の無駄づかいだ
  2. 無用な貿易摩擦を引き起こす
  3. 産業をミスリードする
中でも最悪なのは3の効果で、政府や大企業の老人が集まって、急速に変化しているグローバル経済の方向を正しく予見できるはずがない。事実、アメリカ経済の回復は、商務省の報告書が言及もしていなかったシリコンバレーから起こった。日本でも、内閣府が2000年に「IT戦略会議」を設立し、「高度情報通信ネットワーク社会」にふさわしい産業の育成をめざしたが、そのe-Japan戦略をみても、「検索エンジン」という言葉は一度も出てこない。このころ政府が熱心だったのは「IPv6」や「ICタグ」や「ITS」だった。

これに比べれば、同じ総務省でもモバイルビジネス研究会の出した報告書のほうが、具体的で説得力がある。国家に競争力というものはないが、企業活動のインフラにゆがみがある場合、それを是正する制度改革によって生産性を高めることはできるからだ。携帯の場合には、私が以前から指摘しているように、政府が「日の丸規格」を押しつけ、さらにキャリアが販売奨励金やSIMロックなどの垂直統合モデルで端末メーカーを下請け化してしまったことが、端末メーカーの競争力低下の原因だ。

こうした「パラダイス鎖国」が起こっているのは、携帯端末だけではない。いま話題になっている社保庁のシステムも、COBOLで書かれているため、修正できる要員がいないという。NTTが交換機を捨てる決め手になったのも「もうNTT規格の部品をつくるのは勘弁してください」とベンダーが泣きを入れたためだという。役所や銀行やキャリアが独自仕様で発注し、ベンダーはそれをコテコテにカスタマイズして囲い込む下請け構造を続けてきたため、サービス業と製造業の水平分業が成立していないのだ。だからサービス業の生産性もOECD諸国で最低水準であり、製造業からの転換が遅れている。

これを打開するために重要なのは、「国際競争力会議」の掲げているようなターゲティング政策ではなく、システムのオープン化や国際分業によってこの下請け構造を破壊し、新しい企業を参入させる新陳代謝である。そのためには野口悠紀雄氏もいうように資本市場を「開国」し、行政の介入ではなく資本の論理でだめな企業や経営者を追放する必要がある。海外の投資ファンドを根拠もなく「グリーンメーラー」呼ばわりする経産省の事務次官も、追放したほうがいいだろう。