ふつう自然科学や経済学で確率を考える場合、ほとんど正規分布を仮定している。しかし実際に世界を動かしているのは、そういう伝統的な確率論で予測できない極端な出来事――Black Swanである。
たとえば9・11の前に、今のように厳重なセキュリティ・チェックが提案されても通らなかっただろう。飛行機ごとビルに突っ込むという行動は、人々の確率論的なリスク評価の枠外にあったからだ。このように、いわばメタレベルで人々の予想を裏切る現象がBlack Swanである。ここでは母集団が未知なので、その確率分布もわからない。圧倒的多数の出来事はごくまれにしか起こらないので、その分布は非常に長いロングテール(ベキ分布)になる。
著者がBlack Swanを理解していた唯一の経済学者として挙げるのがハイエクだが、実は彼より前にこの問題をテーマにした本がある。Frank Knightの"Risk, Uncertainty, and Profit"(1921)である(ウェブサイトで全文が公開されている)。Knightは、確率分布のわかっているリスクと確率分布を計算する根拠のない不確実性を区別し、リスクは保険などで事務的に解決できるが、不確実性は経営者の決断によって解決するしかないとした。
その後の経済学者は、Knightの議論を「意味論的な思弁」としてバカにし、根拠もなく正規分布を仮定して、壮大な理論体系を構築してきた。ところが皮肉なことに、その後の確率論の進歩と膨大な実証データによって、こうした「疑似科学」的な理論が否定されようとしている。著者は数理ファイナンスの専門家だが、Black-Scholesに代表される金融工学を、観念的で役に立たない「プラトン的モデル」と一蹴する。
ではBlack Swanを予測する理論はあるのだろうか? それは「予測不可能な現象」という定義によってありえない。複雑な世界には、すべてを説明する「大きな物語」はなく、個別の実証データにもとづく「小さな物語」を積み重ねるしかないのだ。
たとえば9・11の前に、今のように厳重なセキュリティ・チェックが提案されても通らなかっただろう。飛行機ごとビルに突っ込むという行動は、人々の確率論的なリスク評価の枠外にあったからだ。このように、いわばメタレベルで人々の予想を裏切る現象がBlack Swanである。ここでは母集団が未知なので、その確率分布もわからない。圧倒的多数の出来事はごくまれにしか起こらないので、その分布は非常に長いロングテール(ベキ分布)になる。
著者がBlack Swanを理解していた唯一の経済学者として挙げるのがハイエクだが、実は彼より前にこの問題をテーマにした本がある。Frank Knightの"Risk, Uncertainty, and Profit"(1921)である(ウェブサイトで全文が公開されている)。Knightは、確率分布のわかっているリスクと確率分布を計算する根拠のない不確実性を区別し、リスクは保険などで事務的に解決できるが、不確実性は経営者の決断によって解決するしかないとした。
その後の経済学者は、Knightの議論を「意味論的な思弁」としてバカにし、根拠もなく正規分布を仮定して、壮大な理論体系を構築してきた。ところが皮肉なことに、その後の確率論の進歩と膨大な実証データによって、こうした「疑似科学」的な理論が否定されようとしている。著者は数理ファイナンスの専門家だが、Black-Scholesに代表される金融工学を、観念的で役に立たない「プラトン的モデル」と一蹴する。
ではBlack Swanを予測する理論はあるのだろうか? それは「予測不可能な現象」という定義によってありえない。複雑な世界には、すべてを説明する「大きな物語」はなく、個別の実証データにもとづく「小さな物語」を積み重ねるしかないのだ。