今週のEconomist誌に、RFIDiPodの記事が出ている。そこからIT業界で新しいビジネスが成功する条件を考えてみよう。RFIDの特徴は、次のようなものだ:
  1. 最先端の技術を使い、これまで不可能だった新しい機能を実現する
  2. NTTや日立など、多くの大企業が参入し、大規模な実証実験が行なわれる
  3. 数百の企業の参加するコンソーシャムによって標準化が進められる
  4. 政府が「研究会」や「推進協議会」をつくり、補助金を出す
  5. 日経新聞が特集を組み、野村総研が「2010年には市場が**兆円になる」と予測する
これは、ITビジネスが失敗するマーフィーの法則である。最初から多くの利害関係者がからむと、コンセンサスの形成にほとんどの時間が費やされ、何も商品が出てこないのだ。同様のケースは、ハイビジョン、INS、VAN、TRON、デジタル放送、電子マネー、WAPなど、枚挙にいとまがない。その逆がiPodだ:
  1. 要素技術はありふれたもので、サービスもすでにあるが、うまく行っていない
  2. 独立系の企業がオーナーの思い込みで開発し、いきなり商用化する
  3. 企業が一つだけなので、標準化は必要なく、すぐ実装できる
  4. 一企業の事業なので、政府は関心をもたない
  5. 最初はほとんど話題にならないので市場を独占し、事実上の標準となる
こっちの例は少ない。最近では、iモード、スカイプ、グーグルぐらいか。マーフィーの法則は十分条件で、5条件をすべて満たしていれば確実に失敗するが、この「逆マーフィーの法則」は必要条件にすぎない。ジョブズのビジネスも、すべて成功したわけではない(というか失敗のほうが多い)。

イノベーションは一種の芸術なので、平均値には意味がない。1000人の凡庸な作曲家より、1人のモーツァルトのほうがはるかに価値がある。しかし官民のコンセンサスで1人の作曲家を育てても、彼がモーツァルトになる可能性はまずない。モーツァルトが出てくるためには、1000人の作曲家が試行錯誤し、失敗する自由が必要なのだ。この意味で、いったん失敗したら「敗者」の烙印を押されて立ち直れない日本や欧州のファイナンスには問題がある。