前の『ウェブ人間論』に比べると、話が噛みあっているだけましだが、中身が薄いのは同じだ。ウェブと脳のネットワーク構造の話など、おもしろい論点はあるのだが、茂木健一郎氏の専門知識が中途半端なので深まらない。気になったのは、梅田望夫氏のオープンソースについての認識だ:
オープンソースというのは、誕生してからわずか10年以内です。もともとフリー・ソフトウェアというのはあったけれど、それは一つの研究室の中で作られるなど、物理的制約に縛られていた。(p.33)
Richard Stallmanが聞いたら、椅子から転げ落ちるだろう。GNUプロジェクトができたのは1984年、Linuxの開発が始まったのは1991年だ。EmacsもTeXも、インターネットを使ってさまざまなバージョンが共同開発された。たしかに"open source"という言葉をEric Raymondが使い始めたのは1998年だが、それ以前からTCP/IPもHTMLも、すべてオープンだったのだ。オープンとかフリーとか強調していないのは、初期のハッカーにはそれが当たり前だったからである。

梅田氏は、1998年に突然オープンソースが登場して「恐ろしいほどの速度で」発展していると思っているようだが、これは逆だ。本来100%オープンだったインターネットが、著作権や特許に汚染されているのである。最近は、IETFで決まる規格(RFC)も大部分はシスコなどの特許がからんで、「ITU化」したと揶揄されている。W3Cの勧告も、ほとんどマイクロソフトの開発したものだ(特許を認めるかどうかは論争中)。

オープンソースの文化は、原理的に財産権の保護を基盤とする資本主義と矛盾するものであり、それが今まで大目に見られていたのは、サイバースペースで完結していたからだ。それが既存メディアを侵食し始めると、逆襲が始まる。P2PやYouTubeに対する攻撃をみても、私は梅田氏や茂木氏のようにオプティミスティックにはなれない。「本当の大変化がこれから始まる」のは間違いないが、それは彼らの夢見ているようなユートピアの実現ではなく、かつて産業革命とともに起ったような闘いだろう。