著作権の改革についての経済財政諮問会議の意見書に対して、日本文芸家協会やJASRACが反対する声明を出した。この意見書は、著作権の許諾が煩雑なためコンテンツが流通しない現状を改善するため、「全ての権利者からの事前の許諾に代替しうる、より簡便な手続き等」を2年以内に法制化すべきだというものだ。

これについて、文芸家協会の三田誠広氏は記者会見で、フェアユースがどうとかいう反論をしているが、これは問題を取り違えている。意見書で提案しているのは、当ブログでも提唱してきた包括ライセンス(強制許諾)であり、フェアユースとは無関係である。

JASRACの加藤常務理事は、「ベルヌ条約やWIPO著作権条約では、公衆送信権を著作権の一部として認めている」ので、強制許諾は「条約違反」だと述べたそうだが、これは嘘である。ベルヌ条約に「公衆送信権」などという概念はない。これは日本の文部省(当時)が独自につくったベルヌ条約よりも強い概念で、国際的には認知されていない。

著作者に「送信可能化権」を認め、コンテンツをウェブサイトに置いただけで警察が摘発する日本の著作権法は、世界でもっとも厳重なものだ。ベルヌ条約を超えて強くユーザーの権利を制限することは合法で、それを弱めるのが条約違反だというのは、どういう論理なのか。実際には、条約をどう国内法に適用するかは、各国の裁量が大幅に認められており、アメリカなどはいまだにWIPOの原則と違う「先発明主義」の特許制度を続けている。

デジタル情報が簡単にコピーできる時代には、コピーを禁止する権利である著作権はそぐわない。コピーを自由にして報酬請求権を著作者に与えようという包括ライセンスは、EUが域内で制定を奨励しており、イギリスではJASRACにあたる団体が提案している。それを拒否する理由として三田氏が持ち出すのは、「文化の保護」とかいう曖昧な理由だ。なぜコピーを禁止することが「保護」なのか。業界エゴを「文化」の名でカムフラージュする陳腐なレトリックは、いい加減にしてほしいものだ。

そもそも三田氏は、どういう資格で著作者の代表のような顔をしているのだろうか。文芸家協会の会員は2500人。国会図書館に所蔵されているだけで80万人にのぼる著作者の0.3%にすぎない。ウェブで飛び交う膨大なデジタル情報の中には、小説なんてほとんどない。「文芸家」が著作者を代表するような時代は、とっくに終わったのだ。

私も9冊の著書を書いた著作者だが、三田氏を代表に選任した覚えはない。無方式主義の著作権法のもとでは、ブログを書いているあなたも著作者だ。三田氏の意見が本当に著作者を代表しているのかどうか、数百万人の著作者のネット投票でもやってみてはどうだろうか。