慰安婦問題は、もううんざりだという人が多いだろう。安倍首相が「同情」を表明して、海外では歴史的事実になってしまったようなので、私も議論しても無駄だと思う。しかし日本人の中にも、今ごろ初歩的な誤解を堂々と発表する人がいるので、ひとことだけ。事実関係を知っている人は、無視してください。

大前研一氏は、慰安婦の強制連行を日本政府が認めた「決定的証拠」が発見されたという。その証拠とは「林博史・関東学院大教授が米国の新聞で発表した論文」だそうだが、大前氏は「資料を直接読んだわけではない」。これは大戦末期にインドネシアで起きたスマラン事件という昔から知られている話で、その原資料(ウェブからは削除された)は私の手元にある。慰安所については、次のような問答がある:
Q: How many women were there?
A: 6.
Q: How many of these women were forced into the brothel?
A: Five.
要するに、わずか5人の女性を末端の下士官が慰安所に入れたというケチな強姦事件で、軍の命令に違反した個人犯罪である。しかもこれは東京裁判の検察側の証拠として採用されたが、不起訴になったので、「日本はサンフランシスコ講和条約によって東京裁判を受け入れたのだから、強制連行を公式に認めたことになる」という大前氏の論理は成り立たない。

この種の強姦事件は「新発見」ではなく、終戦直後にBC級戦犯裁判で処理が終わったものだ。当ブログの369ものコメントによる大論争でも明らかになったように、軍が「慰安婦に売春を強制せよ」と命令した文書は1枚もない。したがって軍にも日本政府にも、強制(強制連行に限らない)を命じた命令責任はないのである。

業者や軍人が行なった犯罪行為を軍が放置したという監督責任はあるかもしれないが、これは道義的責任であって法的責任ではない。わかりやすくいうと、沖縄で米兵が強姦事件を起こしたとき、大統領が「遺憾の意」を表明することはあっても、国家賠償をしないのと同じだ。だから安倍首相が慰安婦に「同情」したが「謝罪」しなかったのは、ぎりぎりの妥協だろう。

戦地での強姦事件というのは、戦争にはつきものだ。それを避けるために「慰安所」をつくるのもよくある話で、米軍も朝鮮戦争やベトナム戦争でつくった。大前氏はそういう事実も知らないで、「他民族中心主義」のダブルスタンダードをふりかざしているのだろう。別に海外の誤解を解いてほしいとはいわないが、これ以上誤解をまき散らすのはやめてほしいものだ。