公務員制度改革は、官邸と霞ヶ関の全面対決の様相を呈してきた。自民党内でも、官僚OBの議員を中心に消極論が強い。彼らも指摘するように、天下りを禁止して「人材バンク」をつくるという政府案は、機能するかどうか疑わしい。天下りは官僚の生涯設計や技能形成と補完的なシステムであり、業務全体を見直さないで天下りだけを禁止すると、弊害が出るおそれが強い。
今はどうか知らないが、私の学生時代には、成績の1番いい学生は官庁に行き、その次が学者で、その次が銀行だった。農水省から内定をとった同級生に「なんで今どき農水省なんかに行くのか」と聞いたら、「OBの結束が強くて、天下りに有利だから」と答えたので、証券会社に行く同級生が「50過ぎて何千万もらったって、孫にオートバイ買ってやれるぐらいじゃないか」と笑った。彼は今、ある有名企業の社長である。農水省に行った同級生の消息は聞かないが、ろくな天下り先はないだろう。
このように日本で官僚になった人々の時間選好は、特殊である。彼らは、現在の秩序が永遠に続くと考え、30年後の天下りによる収入を(きわめて低い割引率で)計算して就職を決めたのだ。これに対応して官僚の賃金プロファイルも極端に後ろに片寄っており、現役のときは(限界生産性以下の賃金で働いて)官庁に「貯金」し、それを天下り先から高給で取り返す。これは効率賃金仮説として知られるように、特定の職に限界生産性より高いレントを与えることによって退出障壁をつくり、組織に囲い込む効果がある。
しかし、こういう約束を信じて企業(官庁)特殊的人的資本に投資したあと、「天下り先はなくなった」といわれると、彼らは逃げられない。他の職業でつぶしがきかないからだ。こういうホールドアップ問題は、インセンティブに深刻な影響を与え、(人的資本への)過少投資をまねくことが知られている。先輩の悲惨な状態を見た若手はまじめに働かなくなるし、学生は役所に来なくなるだろう。現に、中央官庁の就職偏差値は急落している。
ホールドアップ問題は、いったん意識されたら、二度と元には戻らない。若者は使い捨てられるリスクを大きく割り引くようになるので、30年後の天下りをいくら守っても数%の違いしかない。だから優秀な人材を集めるには、年功序列型の賃金プロファイルを改め、キャリアについては一般企業より高い年俸を保障する代わり任期制とするなどの改革を行なうしかない。天下りは、もうインセンティブにはならないのである。
さらに重要なのは、キャリア官僚の技能形成システムである。今のようにいろいろな職場を転々とし、省内調整などの官庁特殊的なスキルしか身につかないと、外部労働市場でつぶしがきかないので、人材バンクをつくっても求人はないだろう。総務省の人材バンクの紹介実績は、7年間で1人だ。
現在の「ジェネラリスト」型の人事システムは、戦前の高等文官のときできたものだ。昔、高木文雄氏(元大蔵次官・国鉄総裁)にインタビューしたとき、彼は「高文というのは数百人しかいない特権階級で、大名みたいなものだった。今の公務員制度は、その当時の『お殿様』を育てるために全部門を回る帝王学システムがそのまま残っている」といっていた。
ただ高等文官は、弁護士みたいにポータブルな資格だったので、大蔵省で喧嘩してやめても農商務省に入りなおす、というようなことが(少なくとも理屈の上では)できたという。それと違うのが軍人で、完全な「新卒採用・終身雇用」だから上官の命令は絶対で、「本流」の上官にさからうと一生、浮かばれない。しかも、やめるという外部オプションがないので、絶対服従のストレスを部下への暴力で補償する歪んだヒエラルキーができた。現在の霞ヶ関の組織原則は、日本型組織の最悪の典型とされる軍隊型なのだ。
だから組織の風通しをよくするには、Ⅰ級職の資格を「情報技術職」や「老人福祉職」のような専門職にし、経産省をやめても総務省にも民間にも再就職できる、といったポータブルな資格にしてはどうだろうか。このように外部オプションを大きくすることによってホールドアップのリスクを減らせば、過少投資も回避できる。
霞ヶ関の最大の弊害は、もっとも優秀な人材を非生産的な部門にロックインしていることだ。社会を動かすのは人口の数%ぐらいのエリートであり、そういう人材がどれぐらい戦略部門にいるかで国力が決まる。霞ヶ関は、戦後しばらくは戦略部門だったかもしれないが、今や日本経済のお荷物だ。他方、民間企業の開業率は5%に落ち込み、こうした新陳代謝の減退が全要素生産性を低下させる大きな原因となっている。
重要なのは老人の天下りを禁止することではなく、未来のある人材を霞ヶ関から脱出させてチャレンジャーを育てる人的資源の再配分である。それには天下りだけをいじるのではなく、公務員制度を含めた「国のかたち」全体を見直す必要がある。官僚の勤務経験のない安倍首相や渡辺行革相が机上プランで突っ走っても、また頓挫するのではないか。
今はどうか知らないが、私の学生時代には、成績の1番いい学生は官庁に行き、その次が学者で、その次が銀行だった。農水省から内定をとった同級生に「なんで今どき農水省なんかに行くのか」と聞いたら、「OBの結束が強くて、天下りに有利だから」と答えたので、証券会社に行く同級生が「50過ぎて何千万もらったって、孫にオートバイ買ってやれるぐらいじゃないか」と笑った。彼は今、ある有名企業の社長である。農水省に行った同級生の消息は聞かないが、ろくな天下り先はないだろう。
このように日本で官僚になった人々の時間選好は、特殊である。彼らは、現在の秩序が永遠に続くと考え、30年後の天下りによる収入を(きわめて低い割引率で)計算して就職を決めたのだ。これに対応して官僚の賃金プロファイルも極端に後ろに片寄っており、現役のときは(限界生産性以下の賃金で働いて)官庁に「貯金」し、それを天下り先から高給で取り返す。これは効率賃金仮説として知られるように、特定の職に限界生産性より高いレントを与えることによって退出障壁をつくり、組織に囲い込む効果がある。
しかし、こういう約束を信じて企業(官庁)特殊的人的資本に投資したあと、「天下り先はなくなった」といわれると、彼らは逃げられない。他の職業でつぶしがきかないからだ。こういうホールドアップ問題は、インセンティブに深刻な影響を与え、(人的資本への)過少投資をまねくことが知られている。先輩の悲惨な状態を見た若手はまじめに働かなくなるし、学生は役所に来なくなるだろう。現に、中央官庁の就職偏差値は急落している。
ホールドアップ問題は、いったん意識されたら、二度と元には戻らない。若者は使い捨てられるリスクを大きく割り引くようになるので、30年後の天下りをいくら守っても数%の違いしかない。だから優秀な人材を集めるには、年功序列型の賃金プロファイルを改め、キャリアについては一般企業より高い年俸を保障する代わり任期制とするなどの改革を行なうしかない。天下りは、もうインセンティブにはならないのである。
さらに重要なのは、キャリア官僚の技能形成システムである。今のようにいろいろな職場を転々とし、省内調整などの官庁特殊的なスキルしか身につかないと、外部労働市場でつぶしがきかないので、人材バンクをつくっても求人はないだろう。総務省の人材バンクの紹介実績は、7年間で1人だ。
現在の「ジェネラリスト」型の人事システムは、戦前の高等文官のときできたものだ。昔、高木文雄氏(元大蔵次官・国鉄総裁)にインタビューしたとき、彼は「高文というのは数百人しかいない特権階級で、大名みたいなものだった。今の公務員制度は、その当時の『お殿様』を育てるために全部門を回る帝王学システムがそのまま残っている」といっていた。
ただ高等文官は、弁護士みたいにポータブルな資格だったので、大蔵省で喧嘩してやめても農商務省に入りなおす、というようなことが(少なくとも理屈の上では)できたという。それと違うのが軍人で、完全な「新卒採用・終身雇用」だから上官の命令は絶対で、「本流」の上官にさからうと一生、浮かばれない。しかも、やめるという外部オプションがないので、絶対服従のストレスを部下への暴力で補償する歪んだヒエラルキーができた。現在の霞ヶ関の組織原則は、日本型組織の最悪の典型とされる軍隊型なのだ。
だから組織の風通しをよくするには、Ⅰ級職の資格を「情報技術職」や「老人福祉職」のような専門職にし、経産省をやめても総務省にも民間にも再就職できる、といったポータブルな資格にしてはどうだろうか。このように外部オプションを大きくすることによってホールドアップのリスクを減らせば、過少投資も回避できる。
霞ヶ関の最大の弊害は、もっとも優秀な人材を非生産的な部門にロックインしていることだ。社会を動かすのは人口の数%ぐらいのエリートであり、そういう人材がどれぐらい戦略部門にいるかで国力が決まる。霞ヶ関は、戦後しばらくは戦略部門だったかもしれないが、今や日本経済のお荷物だ。他方、民間企業の開業率は5%に落ち込み、こうした新陳代謝の減退が全要素生産性を低下させる大きな原因となっている。
重要なのは老人の天下りを禁止することではなく、未来のある人材を霞ヶ関から脱出させてチャレンジャーを育てる人的資源の再配分である。それには天下りだけをいじるのではなく、公務員制度を含めた「国のかたち」全体を見直す必要がある。官僚の勤務経験のない安倍首相や渡辺行革相が机上プランで突っ走っても、また頓挫するのではないか。
現体制のまま官僚システムの全面見直しを行なおうとすると、官僚の抵抗で100年たっても何も進まない気がするのですが如何でしょう?
とりあえず天下りという退路を断てば、彼らも馬鹿ではないので必死になって考えると見るのは甘いでしょうか?
NHK問題もそうなのですが、完璧な解を探してジリ貧になるぐらいなら、さっさと潰して作り直したほうがいいような気もします。