いわゆる従軍慰安婦について「強制があったという証拠はない」という1日の安倍首相の談話への反発が広がっている。韓国の外相が「韓日関係に有益でない」と批判し、こうした動きを伝えるAP電がワシントン・ポストなど約400紙に配信されている。

この記事では「安倍氏のコメントは歴史的な証拠と矛盾している」として、「1992年に歴史家の明らかにした証拠」をあげている。これは吉見義明『従軍慰安婦資料集』(大月書店 1992)を指していると思われるが、この本には一つも「国家による強制」を示す証拠はない。典型的なのは「軍慰安所従業婦等募集に関する件」という通達だが、これは業者が慰安婦を募集するとき、軍部の名前を利用しないよう注意せよと命じるもので、むしろ軍が慰安所の経営主体ではなかったことを立証している。安倍氏のいう「広義の強制」とは、この『資料集』で吉見氏の主張した「詐欺などの広義の強制連行も視野に入れるべきだ」という詭弁である。

AP電は、安倍氏の話が1993年の「河野談話」と矛盾すると指摘しているが、これは事実だ。この談話が日本軍の戦争犯罪を政府が認めたと受け取られ、米議会の「慰安婦非難決議」などの動きが繰り返し出てくる原因になっている。この談話をまとめた石原官房副長官(当時)は、その事情を次のように明かしている:
日本政府が政府の意思として韓国の女性、韓国以外も含めて、強制的に集めて慰安婦にするようなことは当然(なく)、そういうことを裏付けるデータも出てこなかった。(慰安婦の)移送・管理、いろんな現地の衛生状態をどうしなさいとかの文書は出てきたが、本人の意に反してでも強制的に集めなさいという文書は出てこなかった。[中略]だけども、本人の意思に反して慰安婦にされた人がいるのは認めざるをえないというのが河野談話の考え方、当時の宮沢内閣の方針なんですよ。
そして記者の「宮沢首相の政治判断か」という質問に、「それはそうですよ。それは内閣だから。官房長官談話だけど、これは総理の意を受けて発表したわけだから」と答えている。言外に、石原氏は河野談話に反対だったことが読み取れる。産経新聞によれば、当時、韓国側は談話に慰安婦募集の強制性を盛り込むよう執拗に働きかける一方、「慰安婦の名誉の問題であり、個人補償は要求しない」と非公式に打診しており、石原氏は「強制性を認めれば、韓国側も矛を収めるのではないか」との期待感を抱き、強制性を認めることを談話の発表前に韓国側に伝えたという。

石原氏は、別のインタビューでは「韓国まで元慰安婦を探しに行って訴訟を起こさせ、韓国議会で証言させて騒ぎをあおった弁護士」の動きに怒りを表明している。これは、私も書いた福島瑞穂氏や高木健一氏のことだ。要するに、日本人弁護士の起こした騒ぎに韓国政府が対応せざるをえなくなり、その立場に配慮した宮沢政権が政治決着として出したのが河野談話だったわけである。

しかし政府が歴史をみずから偽造した河野談話は、問題をさらに大きくしてしまった。4月の安倍訪米を控え、民主党が多数派になった米議会では、「慰安婦非難決議」が可決される可能性もある。日本軍が「性奴隷」を使っていたという誤った非難がこれ以上広がることを防ぐためにも、安倍首相自身が、彼の信念に従って「慰安婦は国家が強制したものではない」という事実を言明すべきだ。対外的な摩擦を恐れず、原則的な立場を明確にすれば、「弱腰」とみられて低迷している内閣支持率も回復するのではないか。

追記:Wikipediaの記述もひどい。いまだに吉田清治(Kiyosadaとなっている)の「告白」を根拠にしている。これと吉見本と河野談話が、この種のデマの出典の定番だ。