6e008b37.jpg世の中では構造改革派とリフレ派の論争は決着がついた(後者が勝った)と思われているらしいが、それはマスコミの中だけの話。構造改革を否定して騒いでいたのは、マクロ経済学が専門でもない経済学評論家翻訳家だけで、彼らの使っていたのは「流動性の罠」などの半世紀以上前の分析用具だ。

90年代の日本経済について、企業データまで調べた厳密な実証分析が出てきたのは、ここ1、2年のことである。去年秋の日本経済学会のシンポジウムでは、そうした研究を踏まえて「失われた10年」をめぐる議論が行われたが、「長期不況の主要な原因はデフレギャップではなくTFP(全要素生産性)成長率の低下であり、それをもたらしたのは追い貸しによる非効率な資金供給だ」ということでおおむね意見が一致した。

本書は、こうした実証研究の先駆となった編者が、専門家の研究を集めた3巻シリーズの論文集の第1巻である。どの論文も非常に専門的なので一般向けではないが、長期不況についての研究のフロンティアを示している。編者は序文で、長期不況の原因は次の3つにあるとする:
  • 生産性(TFP)の成長率の低下
  • 金融仲介機能の低下による投資の不振
  • 公共投資の非効率性
15年もの長期にわたる不況は、短期のケインズモデルでは分析できない。中年世代は、マクロ経済学というとIS-LMを思い出すかもしれないが、今の大学院の教科書にはIS-LMは出てこない。学部の教科書でも、まず長期の成長理論を教え、その均衡状態からの短期的な乖離として景気循環を教えるのが今は普通だ。

政策の優先順位も、本来はこの順序だ。長期的な成長率を最大化することが最優先の問題で、短期的な安定化政策はそれと整合的な範囲で行わなければならない。財政のバラマキや金融の超緩和で今年のGDPが1%上がっても、それによって生産性が低下して向こう10年のGDPが10%下がるようでは、こうした安定化政策の効果はマイナスになる。90年代に起こったのは、まさにそういう近視眼的マクロ政策の失敗だった。現在のGDPは、1990年を基点として2%成長が続いた場合に比べて10%も低いのである。

経済財政諮問会議がまとめた「日本経済の進路と戦略」が「生産性倍増計画」を掲げ、「イノベーション」を強調しているのは、こうした問題意識によるものだろう。しかしマクロ政策と違って、生産性の向上について政府ができることは少ない。資本主義の本質は、非効率な企業を淘汰することによって生産性を高めるダーウィン的メカニズムである。それをマクロ政策で歪めた結果、企業の新陳代謝が阻害され、TFP成長率が低下したのだ。

だから今後の政策で重要なのは、資本主義のメカニズムを機能させることだが、それはマクロ政策のようにだれもが喜ぶとは限らない。生産性を高めるには、効率の低い部門から高い部門へ資本と労働を移動するしかなく、そのためには財界のいやがる資本自由化と労組のいやがる労働市場の規制撤廃を徹底的に進めることが不可欠である。腰砕けの目立つ安倍政権に、それができるだろうか。