先日のホワイトカラー・エグゼンプションに関する記事には、予想外の反響があった。私も企業ごとのミクロレベルでは、残業規制の緩和が労働強化に結びつく可能性はあると思う。しかしマクロに見ると、失業を減らす方法は(供給が所与である以上)労働需要を増やすしかなく、そのためには企業収益を高めるしかない。世の中では、正社員が減ってみんなフリーターになるように思われているが、実際には昨年の正社員総数は一昨年より増え、今年の新卒採用も大幅に増えた。つまり究極の雇用政策は、経済を活性化することなのである。

この場合、活性化を(投資水準が所与の)短期でとらえるか(投資が変動する)長期でとらえるかによって必要な政策は異なり、「構造改革かリフレか」といった二分法はナンセンスである。有効需要が大幅に不足してデフレになっているといった短期的な緊急事態に対しては、金融緩和によって投資需要を追加する(インフレによって実質賃金を切り下げる)ことも有効かもしれないが、現在の日本経済はそういう緊急事態は過ぎたとみてよいだろう。いま重要なのは短期の安定化政策よりも、潜在成長率を引き上げるという長期の問題である。

潜在成長率を決めるもっとも重要な要因がTFP(全要素生産性)であることはよく知られている。1990年代に日本経済のTFP上昇率が下方に屈折したことは、いろいろな実証研究で明らかにされているが、その原因には諸説ある。Hayashi-Prescottは、その主要な原因を1988年の労働基準法改正による労働時間の短縮に求めている。この説が正しいとすれば、雇用規制の強化は不況を招き、かえって失業を悪化させるということになる。

しかし、この説明には批判も多い。最大の問題は、Hayashi-PrescottモデルがマクロのTFPしか見ておらず、企業レベルの生産性の変化をとらえていないことである。この点を企業ごとのパネルデータで見たCaballero-Hoshi-Kashyapは、バブル崩壊によって発生した不動産業者などの大量のゾンビ企業(実態は債務超過だが銀行の追い貸しで延命されている企業)が経済全体の生産性を低下させ、雇用創出をさまたげていると指摘している。

これに対してFukao-Kwonは、TFPの低下率は非製造業よりも製造業のほうが高いことを示している。これはもともと日本の非製造業のTFPが低いからだと考えられる。さらに驚いたことに、彼らの実証研究によれば、退出した企業のTFPは生き残った企業よりも高い(これは他の実証研究でも確認されている)。つまりゾンビ(古い大企業)が追い貸しで生き延びる一方、資金調達の困難な新しい企業が廃業することによって日本経全体のTFPは大きく低下したのである。Fukao-Kwonは、このメタボリズム(新陳代謝)の低さが長期不況の最大の原因だと結論している。

最近の実証研究で明らかになったのは、「失われた15年」の主要な原因は需給ギャップではなく、TFP上昇率の低下だったということである。日銀の超緩和政策は、短期的な「止血効果」はあったかもしれないが、結果的にはゾンビ銀行とゾンビ企業を延命して、TFP上昇率をさらに低下させてしまった。潜在成長率を高める政策として、財界は「政府の研究開発投資」のバラマキを求めているが、政府の補助金がTFPを改善するという証拠はない。重要なのは、いまだに大量に残っているゾンビを安楽死させ、人的・物的資本を新しい企業に移動するメタボリズムの向上である。