NGNについて批判的なコメントを書いたが、私が「NGN反対派」だとか思われても困るので、少しフォローを・・・

私は、ネットワークをAll-IPにするというコンセプトに反対しているわけではない。私が日経新聞の「経済教室」で「次世代ネットワークのイメージ」として"everything over IP"の図を描いたのは、1998年の9月だった。同じ年の7月、ジュネーブで行われたINET'98のキーノート・スピーチで、Vint Cerfが"everything on IP"を提唱したといわれている。

同じ時期、NTTは"everything over ATM"による「情報流通企業」構想を掲げた。ここではIPはATM交換機で行われるサービスの一つであり、NTTのミッションは「ベストエフォート」のインターネットを脱却し、帯域保証を実現することだった。それから8年あまりたった今、NTTがようやくAll-IPのNGNを中期経営戦略の柱にすえたのを見ると、今昔の感がある。

しかしインターネットの現実を見ると、"everything over IP"の実現は意外にむずかしい。データと音声についてはいいとして、問題は映像である。NTSCの映像を流すには、H.264でエンコードすれば1Mbpsぐらいあればいいから、ADSLでもアクセス系の帯域は十分だ。しかしGyaoなどの現状をみると、ユーザーが増えるにつれてサーバの負荷が大きくなり、ほとんどユーザー数に比例してサーバを増強しなければならない状況だという。つまりオンデマンド配信については、ボトルネックは帯域ではなくサーバの容量なのだ。「ムーアの法則がすべてを解決する」というマントラは、ここではまだ実現していないのである。特に配信の対象が数百万世帯となるとオンデマンド配信は不可能だから、ニュースやスポーツなどリアルタイムで多くの人々が見るコンテンツについては、放送型が今後とも残るだろう。

もちろんIPでもマルチキャストは可能だから、問題はテレビのSTBに(ケーブルテレビと同様)RFで伝送するかIPパケットで伝送するかという差だけになる。どちらも技術的には可能だから、ここから先は技術というよりもビジネスの問題である。すでにSTBが百万台単位で普及し、技術が枯れていてコストも安いという点では、RFがまさる。これはスカパーとNTT東西がやっている「スカパー!光」や関西電力系の「イオ」などが採用しており、アメリカではベライゾンのFiOSがこの方式だ。しかし、ここでは一つの回線にIP(通信)とRF(放送)という2種類の多重化方式が必要なので、NTTは波長多重、関電はなんと2芯の光ファイバーを使っている。いずれも光でなければ不可能な方式で、どこまで一般化するかはわからない。

インフラに依存せず、All-IPのアーキテクチャとも両立するという点では、IPマルチキャストのほうがすぐれている。世界的には、ほとんどのIPTVがこれである。しかしこの方式の弱点は、IPのコーデックが標準化されていないため、STBがバラバラだということだ。おまけに、IPマルチキャストは放送ではなく「自動公衆送信」だと放送業界が難癖をつけているため、今度改正された著作権法でも「当該放送区域内」に限って地上波放送の再送信が許諾されるというハンディキャップが残る。

長期的にはSTBが標準化されれば、映像もIPTVに統合され、"everything over IP"が実現すると予想されるが、短期的にはRFも混在するだろう。IPTVの優位性を訴求するには、CSやケーブルテレビよりも低料金で多チャンネルを提供できるかどうかが重要だ。ところがNTTのNGNは、それと関係ない光ファイバー化とバンドルされているのでややこしい。実際には、NGNは現在のBフレッツを置き換えてIPv6を使った閉域網になり、アクトビラなどのアプリケーションも「フレッツ・スクウェア」のような会員制サービスになるのだろう。しかし光だけの閉域網では顧客ベースが小さくなってコストが上がり、採算がとれなくなるおそれが強い。

NGNに意味がないといっているのではない。"Everything over IP"にして交換機をルータに代えることによるコスト削減効果はきわめて大きいので、むしろ加速すべきだ。そのためにはIP化と光化をアンバンドルし、SIPもIPv6もやめてオープンなインターネットにし、BTのようにAll-IPでコストを削減することを最優先の経営戦略にしたほうがいいのではないか。それによって、たとえば通信料金が半分になるとかIP電話がすべて無料になるとかいうわかりやすいメリットがあれば、NGNはすぐ普及するだろう。ただ、これでは何が「次世代」なのかよくわからないが、交換機を全廃することは十分大きな世代交代だと思う。