NGNのトライアルが、華々しく始まった。これまで、その「キラー・アプリケーション」が何なのか、はっきりしなかったが、どうやらアクトビラらしい。家電メーカーがテレビ局主導の「サーバー型放送」に見切りをつけ、IPベースのサービスに重心を移したのは結構なことだ。しかし問題は、これがインターネットではないということである。

インターネットの必要条件は、TCP/IPを採用するだけではなく、それが全世界のホストとオープンに相互接続(internetworking)可能だということだ。私はアクトビラのようなビジネスを山ほど見てきたが、こういう「インターネットもどき」のwalled gardenが成功したことは一度もない。家電メーカーが「検閲」し、YouTubeも2ちゃんねるも見られない人畜無害のサービスが、ただでさえむずかしいSTBベースのビジネスで勝ち残ることは不可能である。

さらに大きな問題は、NGNもインターネットではないことだ。NGNの基本的な考え方は、SIPでセッションを張って通信品質を保証するものである。SIPは、もとはVoIPのためのプロトコルで、いわばインターネットの中に仮想的な電話網をつくるものだ。インターネットの基本思想であるE2Eでは、すべてのホストは同格で特権的なサーバは存在しないが、SIPは呼制御をSIPサーバで行うため、ここにトラブルが起こると、先日の「ひかり電話」の事故のようにネットワーク全体がダウンする。このアーキテクチャを継承するNGNは、自律分散型のインターネットではないのである。

もともとNGNは、携帯電話の3GPPで策定されたIMSが発展してできたものだ。これは没落する固定電話網を(電波で独占を守れる)携帯電話網に統合してコモンキャリアの収益を守ろうという発想で、ユーザーにどういうメリットがあるのかはっきりしない。FMCとかquadruple playというのも、携帯と固定で同じ電話番号が使えるという程度では意味がない。

ユーザーにとって意味があるのは電話代がタダになることであり、それはすでにスカイプで実現している。その構造はSIPとは違い、端末ですべての情報を処理するP2P=E2Eである。スカイプの通信品質が今のところ十分ではないことは確かだが、帯域が広がれば品質の問題も解決できるし、ほとんどのユーザーは現在のベスト・エフォートのインターネットで満足している。品質保証型サービスを企業向けに提供するのはいいとしても、ネットワーク全体を取り替える意味があるのだろうか。

映像伝送も、NGNを使えばHDTVが伝送できるというが、そんなことはインターネットでもできる。映像伝送のボトルネックはパイプではなく、サーバである。Winnyのようにキャッシュ伝送で負荷を分散しないと、設備投資の負担で映像伝送サービスは行き詰まるおそれが強い。ところが日本の警察はP2Pを非合法化してしまい、NGNもすべての負荷をキャリアに集中するシステムだ。

いま世界でNGNの導入がもっとも進んでいるのは、BTである。その「21世紀ネットワーク」計画では、「2008年9月までにコストを年間10億ポンド節約する」という具体的な目標を掲げている。ここではNGNとは交換機をルータに置き換えることでコストを節約するプロジェクトであり、物理的なインフラは主としてDSLを想定している。このコスト節約が料金の低下に結びつくなら、ユーザーにとってのメリットも明確だ。

ところがNTTの中期経営戦略では、「3000万世帯に光ファイバーを提供する」という目標が掲げられ、料金については何も書いてない。むしろISDNのような「高品質・高料金」をめざしているように見える。すべてのインフラを光に取り替えれば保守コストが減るというが、銅線が残る限りコストは増えてしまう。あとの3000万世帯はどうするのだろうか。光のいらないユーザーの設備も、無理やり取り替えるのだろうか。疑問はつきない。ICPFでは、NGNについて議論を行う予定(調整中)である。