ジョセフ・スティグリッツ

徳間書店

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前の訳本のタイトルもひどかったが、今回はさらに醜悪だ。"Making Globalization Work"がなぜこんな邦題になるのか。著者のような一流のアカデミシャンが、こんな三流の版元と契約するのが間違っているのだ。ある編集者によると、前著は「当社も版権を買おうとしたが、徳間が常識はずれの値段を出してきた」という。著者の批判する「市場原理主義」が、彼自身の(日本での)名誉を台なしにしているのは皮肉なものだ。まぁ前著のような自称エコノミストの「解説」がないだけましだが。

残念ながら内容も、前著に比べるとかなり落ちる。かつてはグローバル化の重要性を説きつつ、その問題点を指摘していた著者が、本書ではグローバル化が必然的に格差を拡大し、途上国を搾取し、環境を汚染するかのように説いている。彼がノーベル賞を受賞した理由である情報の経済学によると、情報の非対称性(この訳本では「不均衡」と誤訳している)がある場合、「見えざる手は存在していないから、政府が適切な規制と介入を行わなければ、市場における経済効率の向上は望めない」(p.28)という。

いくら大衆向けの本でも、これはミスリーディングである。情報の非対称性がマクロ経済的にどういう効果を及ぼすかは、ほとんどわかっていない。それは確率的な最大化問題に帰着しやすいので、1970年代に流行したが、経済全体としてはマイナーな問題だというのが現在のコンセンサスだろう。政府が介入すれば、情報の非対称性が解決するという根拠もない。ノーベル賞を錦の御旗にしてアドホックな話を乱暴に一般化し、市場原理主義を攻撃するのは、学問的に誠実な態度とはいえない。彼がそれを信じているとすれば、なお悪い。

著者の議論の欠陥は、よくも悪くも政府の役割を過大評価していることだ。途上国が貧しいのは(先進国の)政府のおかげ。アジア通貨危機が拡大したのはIMFのおかげ。そして貧困を救えるのは(どこにあるのかわからない)賢明な政府の介入だという。IMFや世界銀行を呪う彼が、途上国を救済する「グローバルな協調行動」を提案するとき、その行動は具体的にどういう組織によって協調されるのだろうか。彼が賞賛する「反グローバリズム」のデモ隊だろうか。こういう本の実際的な効果は、そのタイトルだけを見た政治家が「グローバリズムは格差をもたらすのでよくない」といって、農業保護の維持に利用することだろう。