NHKの和田郁夫氏が、マイクロソフトやIIJなどあちこちのイベントで、NHKの過去の番組をネット配信する「NHKオンデマンド」を2008年から始めると宣伝している。関連業界が期待するのも無理はないが、現実にはこのサービスにはほとんど中身がない。川口市にある「NHKアーカイブス」に行ってみればわかるが、60万本以上ある番組の中で、見られるのは6000本足らず。それも館内で(無料で)見られるだけで、有料でネット配信するには別途また許諾と著作権料の支払いが必要だ。

その原因は、番組のネット配信について著作権の処理ができていないからだ。番組の著作権はNHKにあるが、脚本家、出演者、さらにBGMのレコード会社などにも著作者隣接権があり、これらの関係者がすべてOKしないと再送信できない。特にNHKの場合には、ドキュメンタリーで取材した人々の肖像権をクリアしなければ配信しないという独自の基準を設けているため、処理コストは禁止的に高い。たとえば水俣病を扱った有名なドキュメンタリー「奇病のかげに」を再放送するため、この番組をつくったスタッフの取材メモを見て登場人物(ほとんど死亡)ひとりひとりの家族に了解をとったという。これではマイナーなオンデマンド配信では、とても採算はとれないだろう。

ケーブルテレビ(有線放送)の場合には、CATV局が著作権者(放送局)と包括契約を結べば隣接権者との契約は必要ないのに、通信(ネット配信)ではBGM1曲ごとに許諾が必要だというのは、制度として非対称である。電気通信役務利用放送法ではIPマルチキャストを放送と規定しているのに、著作権法(の文化庁による解釈)では通信(自動公衆送信)に分類しているのは、縦割り行政の弊害だ。知的財産戦略本部でさえ、これを是正するよう提言したが、文化庁は権利者の抵抗を理由にして、IPマルチキャストによる放送の同時再送信に限って有線放送と同じ扱いにする中途半端な著作権法改正を決めた。オンデマンド配信については、包括契約は認められない。

だから問題は配信技術でもなければ、NHKのネット配信規制でもない。和田氏は、来年この規制が廃止されれば自由にオンデマンド配信できると思っているのかもしれないが、最大のボトルネックは著作権なのだ。オンデマンド配信で採算がとれるようにするには、著作者(および隣接権者)に拒否権を認めないで定額の料金を支払う強制ライセンスの制度を導入し、肖像権などの「権利のインフレ」に歯止めをかける必要がある。そもそも「創造のインセンティブ」という観点から考えると、肖像権などというものは認めるべきではないのだ。

一部の音楽評論家などが「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」なるものを設立したようだが、「アンチ延長派ではない」という人物まで発起人になっているこの団体は、いったい何なのか。テーマを保護期間の延長というマージナルな問題に限って、今ごろから両論併記で「国民的な議論」を呼びかけるという腰の引けた姿勢では、とても闘いにはならないだろう。著作権がネット配信のボトルネックになっている現状を打開するには、強制ライセンスを創設することを含めて、現在の著作権法の枠組そのものを考え直すことが必要だ。