セイコーエプソンが、プリンタの再生インクカートリッジが特許を侵害しているとして、再生カートリッジのメーカーに販売差し止めを求めた訴訟で、東京地裁は10月18日、エプソンの請求を棄却した。同様の訴訟では、今年2月にキャノンが知財高裁で勝訴し、再生カートリッジメーカーが上告している。

争点は、再生カートリッジが特許を侵害しているかどうかだ。キャノンの場合には、1審ではカートリッジにインクを詰めるのは「修理」だから特許権の侵害にはあたらないとし、2審ではカートリッジを洗浄して充填しているので「再生産」だとした。エプソンの場合には、特許そのものが特許庁で無効とされたため、特許侵害はないとされた。エプソンは、同様の訴訟を全世界で再生カートリッジメーカー27社を相手に起こしている。

この問題は法的には係争中であり、判例もわかれているが、経済学的に重要なのは、これはサラ金と同じく近視眼バイアスを利用した「悪魔的ビジネスモデル」だということである。上にリンクを張ったForbesの記事の例では、エプソンの純正カートリッジは30ドルなのに、再生品は5ドルだ。1ヶ月に2回インクを換えるとすると、差額は1年で600ドル。中級のプリンタが1台買える値段である。

要するに、プリンタを安く見せかけてカートリッジで利益を上げているのだ。やろうと思えば、携帯電話のようにプリンタを0円で売ることもできる。再生品が出てくると、この悪魔的なトリックが台なしになるから、メーカーは特許を盾にとって再生品をつぶそうとするのである。もちろん、こういうビジネスは悪魔的ではあっても(サラ金と同様)違法ではない。しかし、サラ金は「知的財産権」を振り回したりはしない。

プリンタメーカーは「再生カートリッジがあると開発投資が回収できない」と主張するが、プリンタの開発投資はプリンタの価格に転嫁すべきである。それをカートリッジに転嫁するのは一種の不当表示であり、再生品が出てくるのは、そういう価格の歪みの当然の帰結だ。プリンタメーカーが純正カートリッジに正しい(限界費用に等しい)価格をつければ、再生品と競争できる。もちろんプリンタ本体は、開発コストを乗せた(今より高い)価格で売ればよいのである。

エプソンのカートリッジは、高いことで有名だ。全世界で訴訟を起こすのは、それを宣伝しているようなものである。裁判所が競争を促進する(うえに環境保護にもなる)再生カートリッジを違法とするのは、競争政策に反する。むしろプリンタの価格には必ずカートリッジの価格を付記させるなど、情報開示を徹底させる必要があるのではないか。

追記:エプソンのカートリッジについては、インクが残っているのに「空になった」という表示が出て印刷できなくなるという設計上の問題が指摘されている。アメリカでは、これについて集団訴訟が起こされ、エプソンが消費者ひとり45ドルを支払うことで和解した。