今年のノーベル平和賞は、ムハマド・ユヌスと彼の設立したグラミン銀行に与えられることが決まった。ユヌスはアメリカで経済学の博士号を得て、故国バングラデシュの大学で教えていたが、飢饉に苦しむ農民を救済するため、1983年にグラミン銀行を設立した。その融資は、1人当たり数十ドルから百ドル程度のマイクロファイナンスと呼ばれるものだが、融資残高は57億ドルにも達している。

従来の常識では、バングラデシュのような最貧国で金融を行うことは不可能だと考えられていたが、グラミン銀行は無担保で、年利20%という高金利であるにもかかわらず、返済率は99%だ。そのしくみは、債務者に5人ぐらいのグループを組ませ、共同で返済の連帯責任を負わせるものである。グループのうち、だれかの返済が滞ると、他のメンバーが代わって返済する責任を負い、債務不履行が起こると、そのグループに所属する人は二度と融資してもらえない。しかしちゃんと返済すれば、融資額は次第に大きくなる。

農村では人々は互いをよく知っているから、返済能力のない人とはグループを組まないし、約束を破ると村八分にされる。このように村の中の長期的関係(繰り返しゲーム)によってモニタリングを行うので、マイクロファイナンスは移動性の低い農村ほどうまく機能する。グラミン銀行の債務者の94%は、家庭を捨てて逃げられない女性である。バングラデシュでも、移動性の高い都市部では、商業銀行の債務不履行率は60~70%にも達する。

こういう関係依存型の金融システムは新しいものではなく、日本でもかつて頼母子講や無尽と呼ばれる相互扶助型の金融制度があった(現在の第二地銀の前身は無尽)。欧州でも、中世には同様の連帯責任システムがあった(Greifは、これをCommunity Responsibility Systemと呼んでいる)。現在でも、途上国には同様の金融システムが広くみられるため、そういう伝統的なしくみを利用したマイクロファイナンスが普及し、CGAPという国際組織もできている。

グラミン銀行はNPOではなく、営利企業である。開発援助のような「施し」は有害だ、とユヌスは批判する(WSJ)。返さなくてもいい金だと、人々は過大に要求し、それを有効に使わないからだ。借金だと、人々はそれを返すため一生懸命に働くので、技能が身につく。日本でも、90年代のバラマキ公共事業は、建設業の行政依存を強め、地方経済の立ち直りをかえって遅らせた。ユヌスもいうように、大事なのは金を与えることではなく、人々が自立して働くのを支援することである。

追記:マイクロファイナンスをサラ金と混同する人もいるが、ここで書いたように、グラミン銀行のシステムは村落共同体を基礎にしているので、都市では機能しない。むしろ日本の問題は、伝統的な相互扶助システムが崩壊したのに、そういう感覚で安易に親戚の連帯保証人になる人が多いことだ。日本では、もう関係依存型ファイナンスが成立する条件はないので、こういう「人的担保」についてもルールを厳格化すべきである。