コルナイが死去したので、2006年7月14日の記事を再掲。本書は私のこれまで読んだすべての本の中のベストワンである。
経済学者の伝記がおもしろい本になることはまずないが、本書は例外である。1928年生まれの著者の人生は、20世紀の社会主義の運命とそのまま重なる。著者は共産主義者として青春を過ごし、戦後はハンガリーの社会主義政権のもとで、ナジ首相のスピーチライターもつとめた。
しかしハンガリーの民主化運動は、1956年にソ連の軍事介入によって弾圧された。著者はマルクス主義と決別し、政治の世界を離れて研究者になり、線形計画法を使って計画経済を効率化する研究を行う。
経済学者の伝記がおもしろい本になることはまずないが、本書は例外である。1928年生まれの著者の人生は、20世紀の社会主義の運命とそのまま重なる。著者は共産主義者として青春を過ごし、戦後はハンガリーの社会主義政権のもとで、ナジ首相のスピーチライターもつとめた。
しかしハンガリーの民主化運動は、1956年にソ連の軍事介入によって弾圧された。著者はマルクス主義と決別し、政治の世界を離れて研究者になり、線形計画法を使って計画経済を効率化する研究を行う。
特に1965年に数学者リプタークとの連名で発表した"Two-Level Planning"(Econometrica)は、社会主義の計画プロセスを一般均衡理論と本質的に同一のモデルで記述した古典として有名だ。
ワルラスの一般均衡理論は社会主義経済のモデルであり、模索過程を模擬する「分権的社会主義」は、1930年代にオスカー・ランゲが提唱していたが、実際に社会主義経済を運営するアルゴリズムを提案したのは、コルナイ=リプターク・モデルが初めてだった。
しかしそれを計算機に実装して経済運営を行う実験は失敗した。その最大の原因は、計算を行うための情報が欠如していたことだ。計算の過程で、各部門が中央当局に正確な情報を上げるインセンティヴはないので情報は私物化され、政治的に利用されて崩壊した。
こうした実験を通じて、著者はワルラス以来の一般均衡理論が情報コストを無視した非現実的なモデルであることを(図らずも)実証し、新古典派経済学を批判するAnti-Equilibrium(1968)を書く。
その後の著者の関心は、社会主義経済の非効率性の原因がどこにあるかに移り、その本質をソフトな予算制約に求める。これは社会主義経済ばかりでなく、大企業や銀行融資などにも広くみられる現象であり、日本の不良債権問題にも応用された。
そしてベルリンの壁が崩壊すると、著者の予想以上のスピードで社会主義は崩壊した。その後の移行過程について、著者はミルトン・フリードマンやジェフリー・サックスの主張する「ショック療法」を批判し、漸進的な市場の導入を提言した。しかし現実には「ビッグバン」的な改革が行われ、その惨憺たる結果は著者の提言が正しいことを証明した。
このように本書は「経済学の目で見た20世紀」ともいうべき物語になっている。著者の人生は、社会主義という20世紀最大の実験がどのような希望の中で出発し、どのように腐敗し、どのように挫折したかを語る。彼の人生も、社会主義の運命のように劇的だった。
しかしそれが決定的に失敗した原因が解明されたのは、20世紀末になってからだった。われわれは、その教訓にまだ十分に学んでいるとはいえない。いまだに「市場原理主義」を批判して「大きな政府」を求める人々には、ぜひ本書を読んでほしいものだ。
ワルラスの一般均衡理論は社会主義経済のモデルであり、模索過程を模擬する「分権的社会主義」は、1930年代にオスカー・ランゲが提唱していたが、実際に社会主義経済を運営するアルゴリズムを提案したのは、コルナイ=リプターク・モデルが初めてだった。
しかしそれを計算機に実装して経済運営を行う実験は失敗した。その最大の原因は、計算を行うための情報が欠如していたことだ。計算の過程で、各部門が中央当局に正確な情報を上げるインセンティヴはないので情報は私物化され、政治的に利用されて崩壊した。
こうした実験を通じて、著者はワルラス以来の一般均衡理論が情報コストを無視した非現実的なモデルであることを(図らずも)実証し、新古典派経済学を批判するAnti-Equilibrium(1968)を書く。
その後の著者の関心は、社会主義経済の非効率性の原因がどこにあるかに移り、その本質をソフトな予算制約に求める。これは社会主義経済ばかりでなく、大企業や銀行融資などにも広くみられる現象であり、日本の不良債権問題にも応用された。
そしてベルリンの壁が崩壊すると、著者の予想以上のスピードで社会主義は崩壊した。その後の移行過程について、著者はミルトン・フリードマンやジェフリー・サックスの主張する「ショック療法」を批判し、漸進的な市場の導入を提言した。しかし現実には「ビッグバン」的な改革が行われ、その惨憺たる結果は著者の提言が正しいことを証明した。
このように本書は「経済学の目で見た20世紀」ともいうべき物語になっている。著者の人生は、社会主義という20世紀最大の実験がどのような希望の中で出発し、どのように腐敗し、どのように挫折したかを語る。彼の人生も、社会主義の運命のように劇的だった。
しかしそれが決定的に失敗した原因が解明されたのは、20世紀末になってからだった。われわれは、その教訓にまだ十分に学んでいるとはいえない。いまだに「市場原理主義」を批判して「大きな政府」を求める人々には、ぜひ本書を読んでほしいものだ。
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