株取引のサイトでは、村上ファンド事件について「なんでこれが大犯罪なのか?」という疑問が多い。兜町でも、ちょっと前までは、インサイダーがその情報でもうけるのは当たり前だった。日本でインサイダー取引が禁じられたのは、1988年である。世界的にみても、米国が1960年代からインサイダー取引を刑事訴追しているのは突出して早く、英国でも1986年、EUでは2002年に取り締まりを強化しようというEU指令が出た程度だ。

そもそも市場で利益を得るのは、定義によって他人よりすぐれた情報をもっているからである。それを得たら取引してはいけないとなると、投資家が多くの情報を得ようとするインセンティヴが失われてしまう。インサイダーが好材料にもとづいて株式を買えば、株価が上昇することによって、その情報は価格に織り込まれる。逆に悪い情報も、インサイダー情報にもとづいて株式を空売りできれば、内部告発者が真実を語るインセンティヴが生じる――とミルトン・フリードマンは論じている。

法の公平性という点からみても、不動産や商品市場にはインサイダー規制はない。たとえば大手ゼネコンがビルの建設用地を買収するときは、建設計画を隠して複数の地上げ屋に「底地買い」させるのが常識であり、罪には問われない。またインサイダー情報が正しいとも限らない。ライブドアがニッポン放送株を買収すると聞いて、村上氏が秘かに株を買ったあとで、ライブドアが株を売ってしまったら、村上氏は損するリスクがある。新薬の発表のような情報でも、正式発表までに(兜町の噂で)市場が織り込んでいるため、逆に株価が下がったりすることは珍しくない。証券取引の、しかも情報の出所が経営陣やTOBなどの場合に限って刑事罰が課されるのは、不公平ではないか。

インサイダー取引を規制するのは、多くの個人投資家の参加によって市場を活性化するためとされているが、そういう因果関係は証明されていない(*)。米国で規制がきびしいのは、市場規模が大きくなった原因ではなく、その結果である。60年代にインサイダー取引をめぐる訴訟が頻発したため、SECが取り締まりを強化したのである。逆に、行政が市場に強く介入することによって市場が萎縮する社会的コストも大きい。特に今回の事件のように、非公式の情報を聞いた後に当該株式の取引をしただけで刑事訴追されるとなれば、機関投資家の情報収集は大きく制約される。規制のコストと効果のどちらが大きいかはわからない。

私は、インサイダー情報がすみやかに開示されることは「効率的市場」が実現するために必要なので、それを開示する義務は負わせるべきだと思うが、それを利用した取引に刑事罰まで課す必要があるのかどうかは疑問だ。特に、市場の問題に検察が出てきて派手に摘発し、ライブドアのように生きている会社を殺してしまうのは、いかがなものか。証券取引等監視委員会の行政処分ぐらいでよいのではないか。それなのに、7日に成立した金融商品取引法では、違反行為は今より厳罰になってしまった。

追記:経済学者の標準的な意見では、「ナイーブな報道や映画や小説が描くのとは違って、インサイダー取引の功罪は、理論的にも実証的にも、よくわからない。現在の攻撃や規制の激しさは、その理解をはるかに超えている」。

追記2:10日の朝日新聞(朝刊15面)で、元東京地検検事の郷原信郎氏が、今回の事件の核心はインサイダー取引ではないと述べている。村上氏が最初からニッポン放送株の売り抜けをねらってライブドアに買収を持ちかけたとすれば、証取法157条1号の「不正の手段、計画又は技巧」にあたり、証取法のなかで最も罰則が重いそうだ。

(*)これはちょっとい言い過ぎだった。最近の実証研究のサーヴェイによれば、インサイダー取引を禁止している国では、投資家の集中度が低い(個人投資家が多い)。しかし、その効果は民事訴訟を容易にすることによるもので、SECのような公的機関による刑事罰の効果は有意ではない。