村上世彰氏の記者会見が、GyaOで全部、放送されている。この記事を書いている段階では、もう逮捕されたようだ。

「結果的には、違法行為があったことは事実」「起訴されてもしょうがない」という話の内容とは裏腹に、口調は一貫して強気だった。証取法違反は、犯情が軽ければ執行猶予がつくので、それをねらっているのかもしれない。故意を否定し、「ミステイク」だったことを繰り返し強調する一方、検察の批判めいたことは、誘導尋問されてもいわなかった。何か取引があったのだろうか。

質問する記者に対して、「大鹿さん」とよびかけるところは、彼の書いた『ヒルズ黙示録』が、今回の捜査の傍証になったことをうかがわせる。この本によれば、ニッポン放送株の買収を持ちかけたのは村上氏のほうなのだが、きょうの会見では、ライブドアのほうからやってきて、宮内元取締役が「やりましょう!」といったことになっている。検事に「(村上さんにニッポン放送株で)もうける気がなくても、それを聞いたら違反になる」といわれて「そういえば聞いちゃった」という筋書きで、早期決着をはかろうということか。

「金もうけして何が悪いのか」と開き直る一方で、「日本にはチャレンジャーを排除する風土がある」と嘆いていたが、企業買収が悪者扱いされるのは日本だけではない。1989年にマイケル・ミルケンなどが逮捕された事件でも、かなり強引に立件したジュリアーニ検事はヒーローになってニューヨーク市長になり、この事件を扱った本のタイトルは"Predator's Ball"とか"Den of Thieves"とかいうものばかりだった。当時ミルケンを擁護したのは、ジョージ・ギルダーとマイケル・ジェンセンぐらいのものだ。

しかし20年たってみると、経済学的な評価は逆だ。80年代には「斜陽の老大国」とみられていた米国経済が立ち直った大きな原因は、企業買収・売却によって「コングロマリット」が解体され、資本効率が上がったことだとされる。日本でも、村上氏の派手な活動によって、企業が資本効率を意識するようになったのは大きな功績である。このように一度は大きな刑事事件が起こることによって、合法・非合法のボーダーラインがはっきりし、普通の取引として企業買収が行われるようになるのだろう。その意味では、村上氏には気の毒だが、今回の事件は日本の資本市場が成熟するための「通過儀礼」なのかもしれない。

追記:村上氏があっさり「降伏」して「すべて自分の責任だ」と強調したのは、「隠れた主役」を守るためだという推測もある。